在米50数年のご婦人(S5年生まれ)が発行するニュースレター「ポトマック通信」から「慰安婦問題」No.13

「ポトマック通信」は米国メリーランド在住の ワイルス蓉子 さんが発行しているニュースレターです。2019年夏季号から「在米韓国人によって取り上げ続けられる慰安婦問題」をご紹介します。

※これまでの記事はこちら http://nadesiko-action.org/?cat=14
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ポトマック通信 2019年夏季号
「在米韓国人によって取り上げ続けられる慰安婦問題」

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One thought on “在米50数年のご婦人(S5年生まれ)が発行するニュースレター「ポトマック通信」から「慰安婦問題」No.13

  1. 774 says:

    貴重な証言が全く子供たちに伝えられていません。小学校の教科書には、土地改革で日本人に土地を奪われた人たちが仕方なく日本に働きにやってきたと書かれています。朝鮮民衆の反対運動を日本軍が抑えて併合を強要したとも書かれています。言葉や名前まで奪ったという嘘は50年前から変わらず教師たちが子供たちに今でも教え込んでいます。今回の文章はコピーペーストがPDFでもできないので、手書きで写しました。引用するときに使って、色々なところで広めてください。一般の日本人の見聞を読んだのは生まれて初めてです。貴重なもので小学生には是非読ませたい文章です。

    私は昭和10年と16年の2回、朝鮮半島を縦断している。前にも述べたが、昭和10年の合併直後の朝鮮半島は、如何にも貧しかった。関釜連絡船で釜山の港に着いて、鉄道の駅まで10数分間くらい歩く間、両側に屋台のような店が数軒並んでいて、強いニンニクの香りが漂っていた。京城を過ぎると、はげ山が続き、寒々とした農村風景であった。7年後の昭和17年に釜山港に着いたときは、南満洲鉄道の駅まで10数分間歩く駅の両側には、レストランやお土産物を売る店が並んで、日本内地の大都市の駅のように賑わっていた。プーサン(釜山)から首都ソウル(京城)まで、鉄道の沿線には青々とした稲田が続き、京城(ソウル)から平城(ピョンヤン)の街はビルが並び近代都市に変貌していた。私は決して朝鮮半島を日本の植民地にしたことを是認するものではないが、日本統治下の朝鮮半島は全ての点で近代化されたことは認めなければならない事実であると思う。日本の統治以前の朝鮮には小学校も10校くらいしかなかった。日本の統治下で小学校は全て義務教育になり中学や大学まで設立されて教育が振興され、港湾は整備され、農業や工業が振興されたことは、当時朝鮮を訪れた外国人も認めていたところである。日本の統治時代に、半島の近代化ことに教育の普及と鉄道と港湾の整備や農業や工業の振興に勤めたことは、韓国人は公平に認めなければならない事実だと思う。(1930年昭和5年生まれ。ワイルス蓉子Yoko Wiles ポトマック通信2019年夏季号)


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