あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」『慰安婦』の英訳は『Sex Slave(性奴隷)』

展示中止で話題となった あいちトリエンナーレ2019 の「表現の不自由展・その後」において「慰安婦」を「sex slaves 又はsexual slavery」と英訳して表示した作品が少なくとも3つあります。

日本政府の公式見解は、「(慰安婦を)性奴隷と表現するのは事実に反する」です。

「慰安婦」を「sex slaves 」と英訳する展示に公金を出すべきではありません。

もし、この展示が中止とならず、公的資金を出したとしたら、今後海外で慰安婦像設置の計画が出た時に反対できなくなってしまうでしょう。

2014年に米国加州フラトン市の市立博物館に慰安婦像設置計画がありました。
沢山の反対の署名とメール、手紙、日系二世の方のご協力もあり、大変な苦労で1年がかりで設置取り下げにもちこみました。

私は、実際に「表現の不自由展・その後」の展示を見ておりませんが、展示をご覧になった方で「sex slaves 又はsexual slavery」の英訳にお気づきになった方がいらしたらコンタクトフォームから情報お寄せください。

2019年8月19日
なでしこアクション代表 山本優美子

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「表現の不自由展・その後」における『慰安婦』英訳

<その1> 気合い100連発   Chim↑Pom
https://censorship.social/artists/chimpom/

慰安婦

sex slaves

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<その2>重重-中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の女性たち   安世鴻
https://censorship.social/artists/ahn-sehong/

日本軍「慰安婦

the Japanese military sexual slavery

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<その3> 平和の少女像  キム・ソギョン/キム・ウンソン
https://censorship.social/artists/kim-seo-kyung-kim-eun-sung/

(1) 像向かって左、床面の碑文が韓国日本大使館前の像の碑文と同じ(韓・英・日語)
日本軍「慰安婦」問題解決

the solution of Japanese Military Sexual Slavery issue

※韓国日本大使館前 慰安婦像 碑文
韓国日本大使館前慰安婦像碑文R

(英語)December 14,2011 marks the 1000th Wednesday Demonstration for the solution of Japanese Military Sexual Slavery issue after its first rally on January 8, 1992 in front of the Japanese Embassy.
This peace monument stand to commemorate the spirit and the deep history of the Wednesday Demonstration.
(日本語)1992年1月8日、日本軍「慰安婦」問題解決のための水曜デモが、ここ日本大使館前ではじまった。
2011年12月14日、1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する。

(2) 説明文から
慰安婦」被害者

the victims of the Japanese military sexual slavery

(3) 説明文から

本作の作品名は《平和の少女像》(正式名称「平和の碑」。「慰安婦像」ではない)。

The title of this work is Statue of Peace (formal name is Monument of Peace, not Statue of Comfort Women).

※ここだけ英訳がComfort Womenなのは、sexual slavesにすると「性奴隷像ではない」という意味になってしまい、他の英訳と矛盾してしまうからではないでしょうか。

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もし、英訳全て『sex slave』を『comfort women』に訂正したとしても、慰安婦像の展示には反対です。

海外の公的施設に設置された同じ慰安婦像(米国加州グレンデールジョージア州ブルックヘブン)の碑文には
・日本軍の性奴隷
・日本帝国軍によって強制的に性奴隷状態にされた200,000人以上
・日本帝国陸軍に奴隷にされた、「慰安婦」と呼ばれる婦女子
・慰安婦は推定数十万人の20世紀最大の人身売買の一つ
・殆どは第二次世界大戦中に殺されました
・少女—拉致された平均16歳の少女

韓国日本大使館前の碑文には
・ Japanese Military Sexual Slavery

と記されています。

それと同じ像を国、県、市の公的資金を投じた美術展に展示することは、上記のような碑文の内容を認めることになります。

1985年8月12日 日航機墜落事故「勝利なき戦い」に挑んだ自衛隊員たち

なでしこアクション代表山本優美子が、日本航空123便墜落事故について以前産経ウェブに書かせていただいた記事(2016.8.11付)です。
事故の起こった8月に多くの方に読んでいただきたく、ここに再掲します。

https://www.sankei.com/premium/news/160807/prm1608070004-n1.html  より

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日航機墜落事故「勝利なき戦い」に挑んだ自衛隊員たちの苦悩を忘れてはなりません

8月になると、8月15日の終戦の日や靖国神社参拝が毎年話題になりますが、私が思い出すのは昭和60年(1985年)8月12日に起きた日本航空123便墜落事故です。ヘリコプターから吊るされた自衛隊員が通称・御巣鷹の尾根(群馬県上野村の高天原山)で生存者を引き揚げて救出している映像が印象に残っている方も多いでしょう。あれは陸上自衛隊の写真ですが、航空自衛隊もまた長野県川上村に救難指揮所を設置して活動をしていました。

犠牲者520名、生存者4名。史上最悪の航空機事故に、航空自衛隊は創設以来最大規模の災害派遣出動に踏み切りました。8月12日の事故発生から8月30日の撤収までの18日間は「勝利なき戦い」と呼ばれていました。私の父は当時、入間基地の副司令であり、現地指揮官を務めました。父の保管している当時の資料を見ると、空の守りから陸に降りた航空自衛官の「勝利なき戦い」の様子がよく分かります。

自衛隊のPKO派遣や阪神大震災、東日本大震災での活躍もあり、今では国民の間で自衛隊に対する理解がずいぶん広まりました。共産党幹部が「防衛費は人を殺すための予算」と発言すると非難されるまでになりました。

しかし、昭和60年当時は今のようなインターネットやSNSによる情報はなく、新聞・テレビなどの大手メディアによる情報がすべてでした。その大半は自衛隊バッシングがメディアの正義だと言わんばかりに、まともな防衛知識もないままに自衛隊批判が繰り広げられていました。

事件発生2日後には、ある大手新聞社が「自衛隊に抗議・疑問続々」という見出しで自衛隊の現地到着が遅かったと批判し、それに続いてデマ・放言のようなバッシングが始まったのです。

自衛隊バッシングに熱心な一部メディアは、救難活動の妨げにもなりました。特ダネを求めて軽装で山中に入った記者やカメラマンが脱水症状を起こして陸自のヘリに救助されたこともありました。着陸許可がないのに新聞社やテレビ局のヘリが、救出活動中の現場空域に進入し、2次災害が起きかねない事態も招きました。現場の記者が正確な記事を書いても、冷房の効いた本社にいるデスクに没にされたり、歪められたりして、現場の記者はその都度に自衛隊に弁解したという話も残っています。

では、メディアが批判したように、本当に自衛隊は現場到着が遅かったのでしょうか?

8月12日18時57分、JAL123便がレーダーから消えた4分後の19時01分に百里基地から戦闘機2機が緊急発進し、19時21分には上空から炎を確認しています。

20時33分に羽田空港から災害派遣要請があると、7分後の20時40分には航空自衛隊入間基地から先遣隊30名が出発しました。日付が変わった13日01時10分には同じ入間基地から548名の派遣隊が出発しています。

現地へ急ぐ派遣隊にとって、最初のハプニングは高速道路料金所で起きました。災害派遣で緊急な出動なのだと説明しても料金所の担当者は「料金を払わねば通せない」の一点張り。結局、自衛隊員が立て替え払いしました。急な出動だったので財布を携帯していない隊員も多く、大型車の通行料3200円の支払いに苦労したそうです。

御巣鷹山の事故現場までは40度近い急斜面を歩かねばなりません。背丈以上ある熊笹の藪を切り開き、ロープを伝いながらの移動で3時間以上かかりました。

現場のあまりに無残な様子におう吐する隊員もいましたが、隊員達はみな懸命に働き、「一刻も早く遺族のもとへ」と肉片となった遺体を丁寧に毛布にくるみました。

「遺品はそのままにしておくようにという指示が出されていましたが、熊笹の中に時計などが落ちてると、このまま永久に見つからなかったら遺族は悲しむと思い、目立つ場所まで動かしました」

「悲惨な現場でも尻込みする者はいなかった。作業終了、下山といっても『もっと残ってやりましょう』、『休憩だ』といっても『いや続けましょう』という」

「夜、宿営地に帰った時には、みな作業服が汗でズブ濡れで疲労でおし黙っている。それでも足を怪我した隊員に翌日は『休め』というと『どうしても行かせてください』と必死でいう」

このような現場報告が残っています。18日間の救難活動に派遣された航空自衛隊の隊員は入間・浜松・百里などの各基地から延べ約1万人。怪我で手当てを受けた隊員はいましたが、脱落者はゼロでした。

こうして厳しい任務を終えて戻ってきた隊員を待っていたのは、メディアによる一方的な自衛隊批判でした。隊員はさぞ驚き、落胆したことでしょう。

そんな中、隊員の励みになったのは派遣部隊の前線基地となった長野県南佐久郡川上村のみなさんの協力でした。到着早々、地元の農家の方々が「隊員のみなさんにビタミンを」と大量の高原野菜を差し入れてくれました。汗まみれで帰ってくる隊員に、村の健康センターのお風呂を提供してくれました。体育館を宿舎として提供した川上第二小学校は始業式を2日遅らせてくれ、児童たちは励ましのお手紙を送ってくれました。

「じえいたいのみなさん、とてもつかれたでしょう。じこげんばにいって、ぼろぼろのいたいをみつけて、たいへんでしたね。学校にとまって、毎朝そうじをしてくれてどうもありがとうございます」

「8月22日の昼食をじえいたいのみなさんといっしょにたべさせていただいて、どうもありがとうございます。カレーやサラダとてもおいしかったです。げんばなどにいっていたいをはこんだりしますか。ああいうところでは、しごともきつくてたいへんだと思います。まいにちあついなかごくろうさまです」

川上第二小学校の中澤弘之校長先生(当時)は学校の記録書にこう残しています。

「隊員と児童のふれあい、この大惨事の中で昼食会や激励会がごく自然の形でなされた。隊の救援活動や児童の学校生活に効果的であった。組織体としての自衛隊の規律ある行動、礼節をわきまえた奉仕の精神、子供たちへの思いやり等、児童に多くの教訓を与えた」

あれから31年。自衛隊創設以来の大規模な災害派遣となった日航機墜落事故が残した教訓は果たして生かされているのでしょうか。

救難活動を安全・円滑に実施するために不可欠となる救援機や取材ヘリなどの空中統制は、航空法で十分に規定されているでしょうか。災害派遣車両を料金所で止めるようなことはさすがになくなりましたが、大規模な災害など緊急事態に対応するための法律は、その後の2つの大震災を経て整備されたでしょうか。自治体と防衛省の役割分担・協力体制は充分構築されているのでしょうか。災害派遣された自衛隊員への手当ては充分でしょうか。不幸にも殉職した場合、残された家族に充分な賞じゅつ金は用意されているのでしょうか。

自衛隊の任務は、自衛隊法第3条にあるように「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」であり、災害派遣は主任務ではありません。災害時の自衛隊派遣は当たり前だと思われていますが、派遣中も限られた人員で通常の防衛業務も遂行しているのです。

政府は、もの言わぬ自衛官に「勝利なき戦い」を強いてはいませんか。自衛隊がその能力を充分に発揮できるよう、憲法改正とともに法整備を進め、装備や予算も充実させるべきです。それが、日航機事故で亡くなった520名の犠牲者の霊に報いることにもなると私は信じます。

※写真 「中警団新聞 昭和60年(1985年)9月15日」より

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8月6日「 国連 人権理事会 派遣団 報告会 」のお知らせ

報告会は盛会に終えることができました。
ご参加の皆様、応援してくださった方々、ありがとうございました。

<ニュース>
産経 2019.8.6
日韓友好に「正しい歴史の回復を」 韓国研究者が訴え
https://www.san
kei.com/politics/news/190806/plt1908060030-n1.html

週刊正論 2019.08.07
「いまの韓国政府に希望なし」朝鮮人戦時労働者で真実を語り、襲撃受けた韓国人専門家
https://www.the-seiron.com/posts/2355

ZAKZAK 2019.8.7
「徴用工のウソ」国連で証言した韓国人研究者が来日! 日韓関係改善のため「真実の歴史回復を」「理性的な日本の方々と連帯したい」 .
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/190807/for1908070009-n1.html

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なでしこアクション代表山本優美子が副会長を務める国際歴史論戦研究所(International Research Institute of Controversial Histories /iRICH)から報告会のお知らせです。

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令和元年7月22日
国際歴史論戦研究所
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「 国連 人権理事会 派遣団 報告会 」のお知らせ

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国際歴史論戦研究所(International Research Institute of Controversial Histories /iRICH)では、2019年6月24日から7月12日まで開催されたジュネーブ国連人権理事会(UNHRC)の第41セッションにスタッフを派遣し対国連活動を行いました。
主な活動として、7月2日にNGOサイド・イベント『朝鮮半島からの戦時労働者に本当は何が起こったのか? - 軍艦島の真実』を開催。韓国から李 宇衍(イ・ウヨン)先生、長崎から軍艦島元島民の坂本道徳様をお招きしてご登壇いただきました。加えて本会議で2つのショートスピーチを行うと共に、3本の意見書も提出いたしました。
報告会では、iRICH派遣団からの報告とともに、国連でご登壇いただいた李先生と坂本様にもご参加いただき、国連イベントでの発言や現地の様子についてお話いただきます。
今後ますます重要となる民間の対外発信の先駆けとなるべく、iRICHのこれまでの活動内容と今後の基本方針についてもご報告いたします。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げます。

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【日時】令和元年8月6日(火) 開会15時(開場14時半)、閉会17時(予定)

【場所】参議院議員会館 1階 101会議室   東京都千代田区永田町2-1-1
(アクセス)
地下鉄 有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町駅」1番出口よりすぐ
地下鉄 丸ノ内線・千代田線「国会議事堂前駅」1番出口より徒歩5分

【プログラム】(予定)
1. 開会の挨拶   杉原誠四郎 (iRICH会長)
2. 来賓ご挨拶   山田 宏 防衛大臣政務官(参議院議員)
3. iRICH活動報告 山下英次 (iRICH所長、大阪市立大学名誉教授)
4. 国連参加者、派遣者 報告
・ 李 宇衍(イ・ウヨン)(経済学博士[経済史]、落星台経済研究所研究員、慰安婦と労務動員労働者銅像設置に反対する会代表) 「朝鮮人労務動員の真実」
・ 坂本道徳 (端島軍艦島元島民、NPO法人軍艦島を世界遺産にする会理事長)「軍艦島からのメッセージ」
・ 松木國俊 (iRICH上席研究員、朝鮮近現代史研究所所長) 「韓国の国際条約違反と人権侵害」
・ 藤木俊一 (iRICH上席研究員、テキサス親父日本事務局長)「国連人権の舞台裏で何が起こっているか」
・ 山本優美子 (iRICH副会長、なでしこアクション代表)「対国連活動のこれから」
5. 閉会の挨拶   茂木弘道 (iRICH上席研究員、史実を世界に発信する会・代表代行)

【参加方法】 参加費無料
・事前申込みは必要ありません。当日、受付にて名前、住所等をご記入いただきます。
・参議院議員会館のロビーで当会のスタッフより入館証を受け取ってください。
・席数に限り(収容108名)がありますので、お早目にお越しください。

【懇親会】17時半~ 全国町村会館(千代田区永田町1-11-35)地下1階レストラン「ペルラン」
参加費 3,000~4,000円   *先着20名様
参加ご希望の方は、事前に国際歴史論戦研究所 事務局にご連絡、または参加申し込みフォームにご記入ください。
懇親会参加申し込みフォームhttps://i-rich.org/?page_id=240

【主催 お問い合わせ】 国際歴史論戦研究所 事務局
メール:info@i-rich.org   電話:03-6912-0047  FAX: 03-6912-0048
ホームページ:https://i-rich.org/

【後援】 慰安婦の真実国民運動(ATCW)

在米50数年のご婦人(S5年生まれ)が発行するニュースレター「ポトマック通信」から「慰安婦問題」No.13

「ポトマック通信」は米国メリーランド在住の ワイルス蓉子 さんが発行しているニュースレターです。2019年夏季号から「在米韓国人によって取り上げ続けられる慰安婦問題」をご紹介します。

※これまでの記事はこちら http://nadesiko-action.org/?cat=14
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ポトマック通信 2019年夏季号
「在米韓国人によって取り上げ続けられる慰安婦問題」

※画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示されます。読み易くご覧になれます。
PDF版も読みやすくご覧いただけます。

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「民族の誇りを掲げて~僭越ながら、私は大韓民国に尋ねたいことがある Upholding the ethnic pride~I am not in position to make a proposal, but I would like to ask a few questions to South Korea 」

長尾秀美(元在日米海軍司令部渉外報道専門官・小説家)氏よりいいただいた「民族の誇りを掲げて」日本語と英語版をご紹介します。

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民族の誇りを掲げて

 僭越ながら、私は大韓民国に尋ねたいことがある。

 この場では日本と韓国とに関わる白村江の戦い(663年)や豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592年、1597年)などには立ち入らない。日朝修好条規(1876年)、日韓議定書(1904年、日本が韓国皇室、韓国の独立及び領土を確実に保障し、片務的防衛義務を負う)、日韓併合に関する条約(1910年)どからの時期を扱う。

 中国はさて置き、韓国が歴史について日本政府への批判を始めたのは、1982年、日本の出版社が歴史教科書の一部を改訂し、日本の東アジアへの「侵略」を「進出」とした時からだ。1991年、韓国の団体は、当初挺身隊と慰安婦(許可を受けた公娼)とを混同したまま、日本政府に対し慰安婦への謝罪と損害賠償を請求し始めた。1992年、戸塚弁護士が国連人権委員会で慰安婦を性奴隷と言い換えると、韓国側は慰安婦の社会的背景や戦地での実生活には蓋をし、人権侵害問題だけを焦点とし、日本政府をさらに非難した。2015年、日韓両政府は外相会談で合意に達し、慰安婦問題に終止符を打った。ところが2017年に就任した文在寅大統領はその合意を批判した。そして2018年、韓国大審院が元徴用工(戦時朝鮮人労働者)の訴えを認める判決を下した。以来、日韓関係は最悪の状況になっている。

 韓国側は、日本側の誤った歴史認識が今日の状況をもたらしたと主張している。「日本が軍国主義を復活させようと画策している」という極端な主張さえも出ている。

 尋ねたいこと:

 問① 韓国は日本との敵礼(対等の礼を行なうこと)を維持しようとしているのか。明朝、清朝の時代に敵礼はあったが、日本側の解釈は一時期やや異なっていた。21世紀の現在、清朝さえ歴史の彼方にある。日本と韓国は国際社会あるいは国際連合の構図の中にある。昨今の言動を見聞きする限り、韓国は日本だけを敵国としている。それはまるで日本が存在する限り、韓国自体が独立国として存在し得ないような振る舞いなのだ。言い換えると、日本という隣人がいなければ、「韓国には歴史認識など必要ない」と言える状況だ。

問② 韓国人はそれでいいと考えているのか。

問③ 韓国は、1876年から1945年までの歴史をどう解釈しているのか。こう問い掛けても韓国の歴史教科書を云々する意図はない。阿附(あふ)・事大、交隣・羈縻(きび)、冊封・宗属、衛正斥邪がもたらした社会的影響について、韓国が自国民にどう教えているのか、を問うている。これらの思想・方針を持ち出すのは、韓民族の自立と自信とを再構築する余地があると考えるからだ。こんな言い方をすれば、韓国人の歴史認識に難癖を付けるのか、と非難されるだろう。そうではない。ある時期に影響力が大だった考え方をきちんと整理するという意味を国民がよく理解していれば、おのずから韓民族の誇りは生まれ育っていくし、彼らには修正能力があるという証明にもなる言論の自由は尊重されなければならないが、民族を分裂させ、民族を害する言論は容認するべきではない。しかしその脈絡での言論とは、日本政府および日本人の専売品ではない。国際問題を国内問題として捉えることに異論はないが、成熟した民主主義国家は健全な言論の自由を保障することができなければならない。

 韓国(朝鮮)には檀君(紀元前2370年)以来の歴史がある。

問④ 彼らの歴史認識が日本と対峙するためだけのものなら、そもそも彼らにとって歴史は必要なのか。

問⑤ 4千年を超える過去と将来に対し、彼らに必要なのは四海に誇るべき韓国史観ではないのか。

問⑥ 彼らは韓民族の誇りの下に結集するべきではないのか。彼らは灰の中から何度も立ち上がろうと悪戦奮闘し、不死鳥のごとく立ち上がって来た。東学民乱、3.1運動、6.25動乱、5.16軍事革命は、血の涙を流した忘れ得ない一里塚だったはずだ。

 故朴正熙大統領の功績は偉大だ。しかし陰の部分を指摘する評価もある。それはそれとして、彼は大統領になる1年前、歴史と自己(*国体)の確立について以下のように述べている

 歴史は人間の主体的な努力と意欲によって克服される歴史である。国を守ったにしても失ったにしても、民族文化を向上させたにしても後退させたにしても、ともかく韓国歴史という地球の一角に築かれた事実に対して責任を負わねばならないものはほかならぬわが民族であり韓国の国民である。

自己を確立するということは、自律性と自発性を確立するという意味である。…。今日、わが民族に切実に要求されるのは、何よりもまず「自己の確立」である。これのみが過ぎし日の腐敗と不正を一掃することのできる、根本的契機であるといっても過言ではない。

 余談になるが、私は1971年と1972年の夏休みの殆どを韓国で過ごした。そのうちの2週間、私たち30人の日本人大学生は、同数の韓国大学生と一緒に道路を整備した。彼らは一様に、「これからの我が国は益々発展します」と口を揃えて言っていた。民族の誇りが彼らの言動からほとばしっていた。

 近代の歴史認識について、日本ではいわゆる人権派に属する知識人や団体が自虐史観を標榜している。しかしこれも民主主義の側面だ。彼らが皇室の存在、江戸幕府や明治維新をどう捉えているかは分からないが、彼らとて日本民族の誇りまでを放擲(ほうてき)しているとは考えられない。彼らは言うまでもなく多くの国民は、万葉集、源氏物語、枕草子などの文学に、封建制度を打破した明治維新に、自然科学の発展に寄与したノーベル賞受賞者に、野球やテニスやサッカーで国際的に活躍する青年たちに、そして何より、戦後以来継続して保持している民主主義に誇りを持っている筈だ。

問⑦ さて現状をどうするべきか。私は韓国に対し、「お互いに妥協し、協力し合おう」とは言わない。「民族の誇りを前提に、話し合いだけは続けよう」と言いたい。もちろん、ねつ造ではなく事実に基づく話し合いのことだが。

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Upholding the ethnic pride

              I am not in position to make a proposal, but I would like to ask a few questions to South Korea.

              I am not intending, herein, to refer all the way back to the Battle of Baekgang-gu in 663, invasions of Korea by Hideyoshi Toyotomi in 1592 and 1597, or other historic events involving Japan and South Korea. The periods I mention are from the Japan–Korea Treaty of 1876, the Japan–Korea Treaty of 1904 (agreed by Japan to Article II: The Imperial Government of Japan shall in a spirit of firm friendship ensure the safety and repose of the Imperial House of Korea and Article III: The Imperial Government of Japan definitively guarantee the independence and territorial integrity of the Korean Empire, etc.), and the Japan–Korea Treaty of 1910.

              Setting aside China, it was in 1982 when South Korea began to criticize Japan for perceptions of history.  It derives from revisions of certain history textbooks in Japan in which “invasions” of Japan to East Asia were rephrased to “moving in.”  In 1991, a coalition of civic groups began to demand apology and reparations to the Japanese government for the comfort women (licensed prostitutes), erroneously identifying them at first as the voluntary labor corps.  In 1992, Etsuro Totsuka rephrased the comfort women as sexual slaves at a United Nations forum, which transformed the comfort women issue to a case of human rights violations, by ignoring the reality of their social background or life in warfront.  The Japanese and the South Korean governments reached an agreement on the comfort women issue at the foreign ministers’ meeting in 2015.  President Moon Jae-in—inaugurated to the office in 2017—criticized the bilateral agreement.  In 2018, the South Korean Supreme Court rendered two judgments to side with the self-proclaimed forcibly conscripted Koreans (wartime Korean laborers).  Since then, the bilateral relations have sunk into a disastrous level.

              The South Koreans claim that it is Japan’s biased perceptions of history that have caused the grievous situation of today.  An extreme opinion among them is that Japan is intending to revitalize militarism.

              Now, questions I mentioned earlier are as follows:

Question 1: Has South Korea been trying to maintain diplomatic relations with Japan on an equal footing?

              It did so while the Ming Dynasty and the Qing Dynasty were in power in China although there was a difference in nuance on the part of Japan.  Now that we live in the 21st century, even the Qing dynasty is history.  South Korea as well as Japan is a part of the international community and both nations are members of the United Nations.  Seoul’s speeches and behaviors of late appear to make Tokyo its sole hostile government in the entire world.  Because of their impact, I am tempted to suspect South Korean existence as an independent nation depends on Japan alone.  Allow me to rephrase it.  The situation I see now is it would be unnecessary for the South Koreans to have their own historical perceptions if Japan does not exist as its neighbor.

Question 2: Are they happy without theirs?

Question 3: How have the South Koreans interpreted their own history from 1876 to 1945?

              I am not posing this question to interfere with history textbooks they have.  My question is to understand what they have been taught about social influences brought about by such key matters as 阿附(아부, abu, flattering), 事大(사대, sadae, serving the great)、交隣(교린, gyorin, neighborly relation), 羈縻(기미, gimi, tying a horse with a long leash), 冊封(책봉, chaekbong, tributary system), 宗属(종속, jongsok, suzerainty relation), and 衛正斥邪(위정척사, wijeong-cheoksa, protecting the right and rejecting the evil).  I intentionally brought up those thoughts and policies because there is still room for the South Koreans of today to reconstruct their ethnic identity and confidence.  This kind of observation would probably make them denounce me for quibbling over their historical perceptions.  I am not quibbling at all.  What I meant above is: If they are to understand well why it is necessary to straighten out the influential thoughts of certain periods of their time, the ethnic Korean pride would be spontaneously born and get refined, which is to prove they have the capability to make changes.  Freedom of speech is fine, but they must not allow it to divide and jeopardize their ethnic integrity.  The freedom of speech in the context above is NOT the exclusive property of the Japanese government or the Japanese people.  Though I would not object to incorporating an international issue as a domestic one, a mature, democratic nation must be capable of vouchsafing healthy freedom of speech.

              Korea has a long history that dates from the birth of Dangun (2,370 B.C.).

Question 4: If South Korean perceptions of history solely depend upon the presence of Japan, do they need their own history at all?

Question 5: For the past 4,000 plus years and for future, isn’t what they need the world-class Korean view of history?

Question 6: Shouldn’t the ethnic Koreans get united with pride in their nation?  They have struggled to rise and risen phoenix-like from the ashes.  The Donghak Peasant Revolution, the Sam-Il (3.1) Movement, the 6.25 War, and the 5.16 Military coup d’État must have been unforgettable, blood-stained milestones for it.

              No doubt the late President Park Chung-hee accomplished a lot for his country.   What I would like to emphasize here is not the dark side of his administration.  One year before his becoming the South Korean president, he wrote about history and the establishment of the self-identity (*national or ethnic identity) as follows (*author translation).

              “History is something that can be overcome by man’s proactive efforts and motivation.  Whatever the case may have been, we must acknowledge our past as having defended or lost our country and as having developed the ethnic culture or set it back.  It is we, the people of South Korea, who must bear responsibility for facts that have been inscribed in the history of our nation that is in the corner of the world.

                … 

              Forging the self-identity means to secure autonomy and demonstrate initiative.  …  What is demanded of our people today is, more than anything else, to set up the self-identity.  It is not too much to say that only our resolve to exploit this fundamental momentum can liquidate the corruption and injustice of the past.”

              I would like to mention, off the subject, my personal experience.  I spent almost all summer recess from university in South Korea in 1971 and 1972.  30 Japanese students worked for two weeks at a road construction site, hand in hand with as many South Korean students each time.  They, without exception, talked about the nation’s future with confidence by saying, “Our nation will continue to considerably evolve from now on.”  Their words and deeds were full of their ethnic pride.

              In Japan, the self-proclaimed human rights advocates want to loudly talk about the nation’s modern history in a negative sense.  This is one facet of democracy.  I am not so sure of what they think about the existence of the Imperial Household and the Shogun government and the Meiji Restoration, however, I would not jump to a conclusion that they have forsaken the ethnic pride as the Japanese.  Not only they but also the public at large must be proud of literatures such as Manyoshu (Collection of poems), Genji Monogatari (the Tale of Genji), and Makura no Soshi (the Pillow Book of essays); the Meiji Restoration that broke down the feudal system; Nobel Prize laureates who contributed to development of natural science; and young people who have brilliantly performed in professional baseball, tennis, soccer, and other international fields and, above all, the democracy upheld continuously since the end of the wartime.

Question 7: That having been said, what should be done to the status quo between Japan and South Korea?  I dare not say to the South Koreans, “Let us mutually make concessions and cooperate with each other.”  By looking them in the eye, I will say, “Let’s continue to talk with each other by demonstrating our ethnic pride.” It goes without saying that we should stand on the same footing, focusing not on fabrications but on facts.