海外歴史戦 最前線から GAHT創設2周年記念報告会 大阪(5/19)・東京(5/23)

グレンデール慰安婦像撤去訴訟を行っている 歴史の真実を求める世界連合会/GAHT が創設2周年を記念して大阪・東京で活動報告会を開催しますのでご案内します。

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歴史の真実を求める世界連合会GAHT
創設二周年記念 活動報告会 大阪・東京
~ GAHTと共に慰安婦問題を戦おう ~

日韓合意によって、新しい局面を迎えた慰安婦問題。グレンデール慰安婦撤去裁判の行方は?
設立2周年を迎えた「歴史の真実を求める世界連合会GAHT」は、これまでの動きを振り返るとともに、皆さまからご意見をいただき、次のステップへの糧にします。
大阪では初の開催となる5月19日(木)、東京では5月23日(月)、皆様のご参加をお待ちしております。

<大阪 報告会>
【日時】平成28年(2016年)5月19日(木)
開場18:00   開会18:30  閉会20:30

【場所】AP大阪梅田茶屋町 会議室A
ABC-MART梅田ビル8F Tel:06-6374-1109
大阪市北区茶屋町1-27

【内容】
GAHT活動の報告 / 国連に対する働きかけ/ 日韓合意の影響/ 今後の活動方針 / 質疑・提言・応答

登壇者:
杉田水脈 (前衆議院議員・ジャーナリスト)
目良浩一 (歴史の真実を求める世界連合会 代表)
細谷清  (近現代史研究家)

※参加費無料・申し込み不要 直接会場にお越しください

 

<東京 報告会>
【日時】平成28年(2016年)5月23日(月)
開場17:30   開会18:00  閉会19:30

【場所】参議院議員会館 101会議室
東京都千代田区永田町2-1-1
東京メトロ永田町駅 一番出口

【内容】
GAHT活動の報告 / 国連に対する働きかけ/ 日韓合意の影響/ 今後の活動方針 / 質疑・提言・応答

司会: 大高未貴  (ジャーナリスト)
来賓: 日本の心を大切にする党代表 参議院議員 中山恭子先生
登壇者: (五十音順)
藤井厳喜  (日本ケンブリッジ・フォーキャスト代表取締役)
藤岡信勝  (拓殖大学客員教授)
細谷清   (近現代史研究家)
目良浩一  (歴史の真実を求める世界連合会 代表)
山本優美子 ( なでしこアクション 代表)

※参加費無料・申し込み不要 直接会場にお越しください
※参議院会館玄関口で通行証をお渡しします

【主催 / 問い合わせ】
歴史の真実を求める世界連合会GAHT http://gahtjp.org/
E-メール:info@gahtusa.org
電話:03-5403-3512
ファックス:050-3153-0391

大阪報告会チラシ
2016.5.19_osaka

東京報告会チラシ  カラー版PDF   モノクロ版PDF
2016.5.23_Tokyo_color

GAHT-USより映画報告&映画(トレイラー)で比較する日本人兵 ”韓国”と”タイ”

2016年4月27日、日系人博物館で上映された映画 
SILENCE BROKEN: KOREAN COMFORT WOMEN”「沈黙を破って:韓国人慰安婦」
※ 詳細はこちら

上映会に参加した歴史の真実を求める世界連合会/GAHT-USから報告をいただきました。

参考)GAHT報告「全米日系人博物館館長宛てへ抗議のメール!

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<報告>

198人収容の会場に、参加者は約50名。
殆どが韓国系。韓国系と親しいNCRRの日系人も数名。

映画の前半は元慰安婦約10名の証言と、吉見義明氏を含む日本人学者の証言。
後半はある慰安婦の証言に基いたという慰安婦少女たちのストーリー(英語)。

そのストーリーが現在上映されている慰安婦映画「鬼郷」と非常によく似た酷い内容です。
この「SILENCE BROKEN」が「鬼郷」の元になっているのではないかと感じました。

タイ映画が描く日本兵と比較して皆さんに知っていただきたいと思います。

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映画(トレイラー)で比較する日本人兵 韓国 と タイ 

タイ人が描く日本兵
“クーカム(運命の人)”

韓国人が描く日本兵
“鬼郷” (Spirits’ Homecoming, 2016)

SILENCE BROKEN  trailer, Documentary on Korean Comfort Women

LA日系人博物館で「韓国慰安婦 性奴隷映画」4月27日上映予定

米国LAの 全米日系人博物館 ( Japanese American National Museum )
2016年4月27日(水)16:30~ 上映予定
日本帝国軍によって強制的に性奴隷にされた韓国女性のドキュメンタリー
“SILENCE BROKEN: KOREAN COMFORT WOMEN”「沈黙を破って:韓国人慰安婦」

グレンデール慰安婦を建てた Korean American Forum of California も共同提供(Co-Presenter)に加わっています。

カルフォルニア州公立高校の歴史・社会科学教科書改定案に日本軍慰安婦性奴隷の記述が検討され(詳細はこちら)、現地の日本人が懸命に反対運動をしているのに、何故、日系人博物館でこのような映画が上映されるのでしょう?

意見送り先 *******************************************************

全 米 日 系 人 博 物 館
JAPANESE AMERICAN NATIONAL MUSEUM
100 North Central Avenue,
Los Angeles, California 90012
電話:(213)625-0414 ファックス:(213)625-1770
toll-free: 800.461.5266

館長 President and Chief Executive Officer
グレッグ・W・キムラ博士 Dr. Greg.W. Kimura
gwkimura@janm.org

広報担当 Press Inquiries
mediarelations@janm.org

Facebook: Japanese American National Museum
https://www.facebook.com/jamuseum/

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全米日系人博物館 上映予定の Tateuchi Democracy Forum (198人収容)
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Tateuchi Democracy Forum

“SILENCE BROKEN: KOREAN COMFORT WOMEN” キム監督
DAI SIL KIM

米公文書~米軍の日本兵尋問調書から見る当時の日本

米国戦争情報局(United States Office of War Information)、連合軍翻訳通訳部局(ATIS)、連合軍東南アジア翻訳・尋問センター(SEATIC)の尋問調書等における慰安婦部分については本サイトでご紹介しました。

※米国国立公文書館所蔵資料 アジア女性基金資料集より抜粋
http://goo.gl/LO9fDy

そこには慰安婦関連以外に、

・明治天皇の教育勅語を守り占領地域の人々に対しては平等かつ万全に接したこと
・ヒットラーの考えには全く同意も評価もしないこと
・天皇への崇敬とヒットラーを同列に置くことに対しては憤りさえ持ったこと
・天皇も国民も戦争は好きではないこと、

等の証言がなされており、ここにご紹介いたします。

これらを読むと、慰安婦問題をナチスのホロコーストにたとえることが、いかに荒唐無稽な言いがかりにすぎないかがわかります。又、このような証言こそユネスコと記憶遺産登録にふさわしいものと思われます。

今回ご紹介する文書はATISの21名の日本人捕虜で、捕虜地はラバウル、フィリピン、インドネシアスマトラ、上海、インドシナです。
もちろん微妙に違いはありますが、以下は多くの日本人捕虜が証言している内容です。

連合国に関し;
○ 反英米運動がなぜ起きているのかわからない。日本と英国との間には友人感情があったことは間違いない。反英米の動きがあるとすれば愛国的立場の人たちによるものであろう。
○ オーストラリア、アメリカの白人捕虜を見た。彼らは苦役も労働もしていなかった。オーストラリアの捕虜に対する待遇は日本兵よりよかったので不満に思った。
○ 明治天皇の教育勅語の教えに従い、占領地の現地の人々や捕虜に対しては平等に万全に扱った。
○ 中国人がなぜ日本人を嫌っているのかわからない。隣国なので仲良くすべき。

同盟枢軸国(ドイツ)に関し;
○ ドイツから援助があったことなど聞いたことがない。
○ ヒットラーについてはよく知らないが、ドイツ民族が優越していると言う主張は同意しない。天皇に対する日本人の崇敬はヒットラーに対するものとは全く違う。
○ 日本とドイツはそれぞれ異なる目的で戦争した。日本の幹部はドイツが日本が得た石油やゴムすべてを日本に保有させないということをよくわかっていた。もし、両国が今次戦争で成功していたら、次は両国で分捕り合戦の戦争が起こったであろう。

戦争に関し;
○ 戦争は好きではない。外国人は日本が戦争好きな国民だと思っているが全く違う。
○ 天皇が戦争を好きだとは思わない。
○ アメリカが資源の売却を拒否したので、東条には選択の余地がなかった。増大する日本の人口に対処できず、日本の存在はなかったであろう。

以上

US National Archives ~ Testimonies of Japanese War Prisoners

Other than important information related to Comfort Women, the interrogation reports of ATIS from U.S. National Archives and Records Administration give other important testimonies of Japanese war prisoners, such as

- good and equal treatment of natives of occupied territories of Japan observing the Rescript of the Emperor MEIJI,
- disagreement of Hitler’s claim of German superiority,
- resentment against comparison between reverence to Emperor and idolizing Hitler,
- neither Emperor nor Japanese nation likes war
and etc.

Reading these testimonies, it is quite absurd to claim that Comfort women system was the same crime as the Holocaust of Nazi. Quite contrary, these testimonies are indeed qualified to be nominated as International Memory of the World Register of UNESCO.
The followings are the main descriptions of 21 Japanese interrogees, surrendered in RABAUL, Philippine, Sumatra in Indonesia, Shanghai and Indochina.

Attitude to Allied Nations;
●  PW had no idea why there was anti-English movement. There was no doubt that a feeling of friendship had existed between ENGLAND and JAPAN. Certain people in the latter country had started anti-English campaign for patriotic reasons.
●  PW had seen some American PsW in MANILA. They were not working. He also heard that the Australian PsW in RABAUL. Japanese troops often complained that the Australian PsW received better treatment than the Japanese soldiers. He had never seen white PsW doing coolie work.
●  The Rescript of the Emperor MEIJI was being observed as regards treatment of captured enemy soldiers and natives. They were treated well and as equals.
PW did not know why the Chinese disliked the Japanese. The neighbors should be friends.

Attitude to Axis Nations (to Germany and Hitler);
●  PW had never heard any assistance from Germany.
●  PW had never heard of the German theory of racial superiority. He definitely did not accept Hitler’s precept that the German was a superior being to the Jap. It was definitely a mistake on the part of Hitler to put himself in the same category as the Emperor.
●  Each country is fighting for its own ends and high officers were well alive to the fact that Germany would never allow Japan to hold all the rubber and oil resources she had acquired. If Japan and Germany were successful in the present war, such success would simply lead to a further war for division of spoils.

Political conditions;
● PW said he that he personally did not like war. Foreigners all seemed to have the idea that Japan was a warlike country but the opposite was true.
●  He could not believe that the Emperor liked war.
● USA had refused to sell materials. TOJO had no choice, as Japan with her increasing population, could not have existed.

End

【署名】日本人慰安婦 城田すず子 さんは「性奴隷」ではありません!

慰安婦=性奴隷説に利用されている日本人慰安婦がいます。
海外で 「I was their ‘slave’. 私は彼ら(日本軍)の奴隷でした」と宣伝されている「城田すず子」さん(故人)です。
中国・韓国・日本などで共同申請する可能性がある「慰安婦性奴隷 ユネスコ記憶遺産」に利用されかねません。

「城田さん=性奴隷」の基になっているのが、

・千葉県館山市にある「噫(ああ)従軍慰安婦」石碑(NPO安房文化遺産フォーラム)
・ラジオドキュメント番組「石の叫び~ある従軍慰安婦の記録」(1986年TBSラジオ放送)第12回放送文化基金賞奨励賞

です。

城田さんが「慰安婦=性奴隷説」に利用されるのを阻止するために、安房文化遺産フォーラム、TBSラジオに対し「”城田すず子さんの原文”を公開し、“吉田清治氏~虚偽の作り話”であることを注記」することを求める署名を有志が始めました。

皆様のご協力よろしくお願い申し上げます。

<参考資料>
造られた性奴隷の象徴~日本人慰安婦「城田すず子」さん
月刊正論2014年5月号 元日本人慰安婦を「性奴隷」にした嫌らしい面々 大高未貴

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“城田すず子さんの原文”を公開し、
“吉田清治氏~虚偽の作り話”であることを注記せよ

署名はこちらから
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

https://goo.gl/iiWswM

署名主催:捏造慰安婦問題草の根会

宛先: 安房文化遺産フォーラム、TBSラジオ

<請願文>
日本 城田すず子 “私は彼らの奴隷でした。” ”債務肩代わりのため父親により日本軍へ売られ、終戦まで、彼女は台湾、サイパンの慰安所で性奴隷として働いた。1955年から20年間、性暴力被害者の収容施設に暮らし、1971年慰安婦時代の手記を著わした。

これが、元慰安婦、元GI売春婦(パンパン)であった城田すず子さんの海外における紹介文です。

しかしこれは城田さんの実像でしょうか。

疑問を抱く理由を挙げれば、親が売った先は売春業者であり日本軍ではありませんし、高額な報酬を得ていた慰安婦は「奴隷」とは言えません。彼女は1971年「マリアの賛歌」という手記を出版しましたが、慰安婦部分の記述はわずかであり、戦時下という状況に照らせば、格別数奇な境遇にあったとは読み取れず、債務返済のため日本軍慰安婦として働いた、というただそれだけのことが書かれていると言っても過言ではありません。

ことさらに同著作物を慰安婦時代の手記と位置付けるのは本の内容を無視しているとさえ言えます。

ましてや、日本軍の奴隷であったなどということはどこからも読み取れません。

「奴隷」という表現を使うなら、むしろ心身ともにすさんだ戦後のGI相手の売春婦時代の方が適していると思われます。

参照:城田すず子―造られた慰安婦像― http://nadesiko-action.org/?p=9952

城田さんの著作物を正確に読めば、冒頭の紹介がいかに城田さんの実像から乖離しているかがすぐにわかります。それはなによりも城田さんの著作物を侮辱する事であり、日本軍の奴隷であったなどと言う虚像を紹介することは彼女の尊厳を傷つけることを意味します。又、城田さんが恋心を抱いた日本兵、親せきや知人の中にもおられたであろう軍人や兵隊さん、その方達も含め、日本軍の名誉を貶めることにもなります。

ところが、1985年突如として城田さん自身が自己の著作物を侮辱し、自己の尊厳を傷つけ、知人友人を貶める一文を発表したのです。翌1986年、それはTBSラジオで放送されました。いわゆる「石の叫び」です。冒頭の海外での紹介の基になっているのがこの「石の叫び」です。

しかし、これは本当に彼女の手になるものでしょうか。

あまりの乖離と違和感は前述の通りです。

1、安房文化遺産フォーラム(特定非営利活動法人NPO)宛て

貴フォーラムのホームページ(そして恐らく貴法人の本部である小高記念館の展示物)に、1986年、TBSラジオで放送された「石の叫び―ある従軍慰安婦の叫び」の文字起こし文が掲載されています。http://bunka-isan.awa.jp/About/item.htm?iid=413

貴法人の名称から推察すると、貴法人は同放送内容を“安房文化遺産”として登録し、これを一般に広めることを意図して掲載したものと思われます。とすれば、貴法人は“安房文化遺産”登録のための同放送内容について独自の検証をされているはずです。当会は本署名運動の賛同者と共に、その検証結果をお尋ねするとともに、同放送内容の一部は現在明らかに誤りであったこと等を踏まえ、次の通り要求します。

1)吉田清治氏については、同氏の著作物も含め、いわゆる吉田証言は作り話であることを本人も認めています(1996年5月2・9日付の週刊新潮インタビュー)。吉田証言が虚偽であったことは朝日新聞社も認め謝罪しています(2014年8月)。

従って、貴フォーラムのホームページ(及び展示物)上においてもTBS放送の吉田清治氏インタビュー部分は「虚偽の作り話」であった旨、注記すること。

2)以下の部分は城田さんの発言の中で最も重要な部分です。ところが、せっかくのインタビューであるにも関わらず、この最重要部分は城田さんの肉声ではなく、ナレーターによるナレーションになっています。そのことを注記すること。

「兵隊さんや民間人のことは各地で祭られるけど、中国、東南アジア、南洋諸島、アリューシャン列島で、性の提供をさせられた娘たちは、さんざん弄ばされて、足手まといになると、放り出され、荒野をさまよい、凍りつくサイムで飢え、野良犬か狼の餌になり、骨はさらされ土になった。兵隊さんは一回五十銭か一円の切符で行列をつくり、女は洗うひまもなく相手させられ・・て、なんど兵隊の首をしめようと思ったことか、半狂乱でした。死ねばジャングルの穴にほうりこまれ、親元に知らせる術もない有様です。それを私は見たのです。この眼で、女の地獄を・・・」

3)海外で紹介されている「性奴隷城田さん」は上述のナレーション部分が根拠になっていると思われます。この一文は城田さんの世話人であった深津文雄氏に宛てた手紙がその原文であると言われていますが、その所在は明らかになっていません。内容及び文体とも、それまでの城田さんの言動とは異質なものであることが識者等に指摘されていること、又、なによりも突如として出現したことを考え合わせると、この一文が本当に城田さんのものであるかどうか真偽不明と言わざるを得ません。

貴フォーラムにおかれては、“安房文化遺産”として紹介されている以上、きちんと検証されているものと思われますので、その結果及び城田さんの手紙の所在・内容について注記すること。 

2、TBSラジオ宛て

1)1986年ラジオで放送された「石の叫び―ある従軍慰安婦の叫び」の中の吉田清治氏の発言は作り話であることが判明しており、朝日新聞社同様に、謝罪すること。

2)第12回放送文化基金賞奨励賞を返還すること。

3)せっかくのインタビューの機会にもかかわらず、1、安房文化遺産フォーラム(特定非営利活動法人NPO)宛ての2)の「 」部分が城田さんの肉声ではなく、ナレーターによるナレーションにした理由を説明すること。

以上

 

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国連NYイベント「紛争時の女性の人権」プログラムとプレゼンテーション 2016.3.24

CSW60 パラレルイベント 2016年3月24日(木) チャーチセンター、ニューヨーク
「紛争時の女性の人権~女性の尊重に向けて 日本の取り組み」
各登壇者のスピーチ文、パワーポイント画像、動画はブログラム番号とタイトルをクリックするとご覧になれます。

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hana

CSW60 Parallel Event

Women’s Rights under Armed Conflict
– Japan’s Approach to Respect Women -

The Church Center for the United Nations
12:30pm to 14:00pm,   24th of March, 2016

PROGRAM

*Click the number and title to read the text of each presentation.

Chairperson :  Ms. Shizuko Culpepper

1. Opening Remarks
Yumiko Yamamoto ( Japanese Women for Justice and Peace )

2-1. Message from UK

2-2. Message from Australia

3. “ International War Against Japan: In Search of Winning Strategies ”
Ms. Sharon Isac

4. “ Comfort Women Not Sex Slaves ”
Dr. Koichi Mera ( Global Alliance for Historical Truth )

5. “ Time to move on ”
Ms. Mieko Greene

6. “ Weaponizing the Comfort Woman Issue: Time to Turn the Page ”
Ms. Charlotte Meyer

7. “ Resurrection of Justice ”
Ms. Kaoli Koyasu ( Japan Mahoroba Support )

8. Closing Remarks
Ms. Shizuko Culpepper

Mr. Tony Marano (youtube video)
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Sponsors
- Japanese Women for Justice and Peace
- Alliance for Truth about Comfort Women
- Grass Roots Actions for Peace and Justice in Japan
- Researchers of history on Modern Japan

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nadeshiko_2016.3.24

【お知らせ4月1日報告会】慰安婦問題「国連派遣団」の取り組みと成果/衆議院議員会館第一

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慰安婦の真実国民運動よりお知らせ

[報告会]慰安婦問題「国連派遣団」の取り組みと成果
http://www.ianfu-shinjitu.jp/LMC/?p=1616

ジュネーブの国連欧州本部で行われた2014年7月の自由権規約委員会に始まり、2015年7月と2016年2月の女子差別撤廃委員会、3月のニューヨーク国連女性の地位委員会に至るまで、慰安婦問題について対国連活動を続けてきました。その取り組みと成果、そこから見えてきた国連の実態をご報告します。

【日時・場所】
 2016年4月1日(金) 衆議院第一議員会館 多目的ホール
 開場 13:00 ご参加の方には玄関にてスタッフが通行証をお渡しします。
 開会 13:30
 閉会 15:30

    東京都 千代田区永田町2-2-1 
    「国会議事堂前」丸ノ内線・千代田線 1 番出口 徒歩 3 分
※参加費無料 事前申し込み不要

【報告者】
 細谷清(日本の近代史研究会)
 杉田水脈(前衆議院議員)
 藤木俊一(テキサス親父事務局)
 藤井実彦(論破プロジェクト)  
 山本優美子(なでしこアクション)
   
【主催】
 慰安婦の真実国民運動   
 〒 112-0005 東京都文京区水道2-6-3-203「新しい歴史教科書をつくる会」内
 (電話)03-6912-0047(FAX)03-6912-0048
 (メールアドレス) ianfu-shinjitu@tsukurukai.com

再び開催!『テキサス★ナイトin NYC』2016.3.23 

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待ったなし!どうする日本、どう出るアメリカ!?

テキサス★ナイトin NYC

2016年(平成28年)、世界情勢は激化の一途
絶えず仕掛けられる反日プロパガンダの
主戦場米国で日本が守るべきものとは
日米で共闘するトニー・マラーノ氏と仲間達が
再びニューヨークで終結します
異論反論も飛び交う予測の白熱討論会へようこそ!

 

【日時】
2016年3月23日(水) 6:30PM開場  7:00開演

【会場】
St. Vartan Armenian Cathedral
630 2nd Ave, New York, NY 10016
@ 2nd Ave. & 34th St.

【ゲスト】
目良 浩一(歴史の真実を求める世界連合会)
細谷 清 (日本の近代史研究会)

【パネリスト】
鈴木 規正(ニューヨーク正論の会)
藤木 俊一(テキサス親父日本事務局)
藤井 実彦(論破プロジェクト)
山本 優美子(なでしこアクション)

【参加費】
$40(当日会場でお支払いください)
席に限りがありますので、あらかじめご了承ください。

【お問い合わせ】
krkys110@gmx.com

texas in NYC_2016.3.23_2

【主催】
テキサス☆ナイトin NYC実行委員会
慰安婦の真実国民運動

【後援】
テキサス親父日本事務局
論破プロジェクト
ニューヨーク正論の会
日本まほろば支援局

CSW60 なでしこアクションin NYC 2016.3.24 

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国連 女性の地位委員会CSW60 2016年3月14日-24日 ニューヨークにて
Sixtieth session of the Commission on the Status of Women, 14–24 March 2016

CSW60の期間中、世界中からNGOが集まり様々な女性関連イベントが行われ、今年も400以上のNGOイベントが開催されます。
なでしこアクションも友好団体と協力し、イベントを開催することになりました。
お近くの方是非いらしてください。

【テーマ】
「紛争時の女性の人権~女性の尊重への日本の取り組み」
“Women’s Rights under Armed Conflict – Japan’s Approach to Respect Women”

【日時】
2016年3月24日(木)12:30~14:00PM

【場所】
The Church Center for the United Nations 10F (777 UN Plaza)

【問い合わせ】
問い合わせフォーム

※ 参加ご希望の方は↓こちらから NGO CSW Forum に登録してください。登録無料
https://www.eventbrite.com/e/ngo-csw-forum-csw-60-registration-18396656896
※ NGO CSW/NY http://www.ngocsw.org/
※ CSW60ガイドブック
※ ガイドブック モバイルアプリのダウンロード

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【Sponsors】
Japanese Women for Justice and Peace
Grass Roots Actions for Peace and Justice in Japan
Researchers of history on Modern Japan
Alliance for Truth about Comfort Women

日本人が知らない「朝日新聞 慰安婦 海外向け報道」の実態

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Australia-Japan Community Network(AJCN) 代表 山岡鉄秀 氏より
AJCNレポート「日本人が知らない 朝日新聞 慰安婦 海外向け報道 の実態」をご紹介します。
本件に関する論文が月刊正論5月号(2016年)に掲載される予定です。

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※ PDF版ダウンロード

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造られた性奴隷の象徴~日本人慰安婦「城田すず子」さん

日本人慰安婦として性奴隷の象徴として利用されている「城田すず子」さん(故人)。
海外での慰安婦展示ではこのようなパネルが使われています。

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“I was their ‘slave’.” 「私は彼ら(日本軍)の奴隷でした」
このようなパネルは彼女の本意でしょうか。

もし、ユネスコに新たに慰安婦性奴隷の記憶遺産が申請されるとしたら、彼女は利用されかねません。

城田さんの著書「マリヤの賛歌」から「石の叫び」まで丁寧に読み解いた報告をいただきましたのでご紹介します。
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―造られた慰安婦像―

城田すず子さん

「マリヤの賛歌」から「石の叫び」へ

 

石川(いしかわ) (ただ)(もと)

 

(まえがき)

 

“元慰安婦、性奴隷告白者、「従軍慰安婦」慰霊塔提唱者”

 

城田すず子さんという女性がいた。
慰安婦問題に多少かかわった人なら遅かれ早かれ出会う女性。
冒頭はその城田すず子さんのイメージだ。
そのイメージの基となった彼女の実人生手記。
だいぶ前にそれが出版され、さらにその告白がラジオ放送されたとか。
さっそく著作について検索。
なんとA通販で目の玉が飛び出るような値段がつけられていた。
幸い公立図書館にあった。早速借りた。TBSラジオ放送の「石の叫び」の肉声はネットで聞けた。重苦しさなど微塵もないしゃきしゃきした江戸っこ弁だった。そして・・・拍子抜けした。
手記の方は一言、「転落、あばずれ、更生」・・・で、それが? なのである。
この当時、5万とあったであろう同様な人生の単なる一例、というのが個人的読後感。
しかも、城田さんのあばずれ女転落は戦後のパンパン時代のことであり、慰安婦時代はむしろ男女の悲喜こもごもの中で懸命に生きた一人の商売婦の手記と読み取った。
だから、この本の目的はなんなのだろうか、とおそらく誰でも考え込んでしまい、かえって何故このような手記がしたためられたのか読者にその目的を詮索させてしまう正直さがある・・・と思うのだが。

 

そして肉声の方は。
冒頭、ややべらんめい調の“憤り”から始まる。
この冒頭発言の内容は当時の女性全般について語っているもので、直接には城田さん自身の人生だけについてのものではないせいか、本には書かれていない。こういった発言と口調はところどころにみられ、本の方から受ける城田さんの印象と異なるが、或る“要素”や“からくり”に気付くと印象の違いの理由が納得できる。
一方、本に書かれていることで、明らかに言葉を変えたり、内容が付け足されたりしているところがある。それらは後述したい。
そのような違いはあるにしろ、全体あまりにあっけらかんとしたシャキシャキ江戸っ子弁で話された内容は、著作の「マリヤの賛歌」と大きく異なるものではないと受け取った。
とにかく本も肉声告白も拍子抜け・・・。
で、冒頭イメージはどこからくるのか。

 

ところがところが、違和感を覚えた箇所が一つあった。最初はそれが城田さんの肉声ではなくTBSのナレーションの一部分だったので、聞流してしまったのであろう。よく聞いてぎょっとした。衝撃的な内容だ。これも城田さんの告白の一部であるという説明にさらにぎょっとした。内容は当時の世相一般についてのものではなく、城田さんが直接に関係する慰安婦達の境遇についてであり、ある機関誌に城田さんが投稿した一文とか。
書けば数行のナレーション部分。この部分がいわゆる「石の叫び」とのこと。
「マリヤの賛歌」や城田さん自身の肉声の語り口、内容とはおよそ異なる。
ウーン、なんとなく??? 私の中に大きなクエスチョンマークが広がった。
たとえ内容が衝撃的であるにしろ、もし本当に城田さんの告白なら、城田さんの肉声を求めてしかり。せっかくのインタビューではないか。
(ただしよく読み解いていくと、これもからくりがある。後述したい)
そして、その後に吉田清治氏の肉声インタビュー。
やれ朝鮮人女性を奴隷狩りしたとか、やれ戦後日本はすべての証拠を焼却し隠滅を図ったとか・・・。
今では嘘話しとわかっているが、改めて聞けば、当時放送を聞いた人の衝撃はすさまじかったであろうと推察するに難くない。
だから余計にウーン?なのである。
商品の誇大宣伝は法律で罰せられるが、放送界では、「編集権」の名の下にそれが許されるようだ。巧妙な編集技を駆使してのイメージ作り(印象操作)。
本当の目的はそれであろうか。

 

まっ、それはさておき、以下に「マリヤの賛歌」及びラジオ放送(TBS)について気付いた点を挙げ連ねてみたい。
私の読後感が特異なものかどうか、ご判断をお任せする。

 

1、「マリヤの賛歌」全280ページの内、慰安婦時代の記述はたったの40ページあまり。

冒頭20ページが17歳までの簡単な生い立ち、それから戦前の慰安婦時代が40ページほど、戦後の売春婦時代がおよそ60ページ、後はキリスト教―具体的には矯風会やベデスダ会―との関わり合いの記述である。つまりキリスト教関係、これを更生時代とも言い換えられるであろうが、それが180ページ、全体の6割5分をしめるのである。
何も記述量だけが軽重の基準ではないが、少なくともこの本の構成からみれば“元慰安婦、性奴隷告白者、「従軍慰安婦」慰霊塔提唱者”というイメージとの関係は極めて希薄としか言えまい。
だから私のようにその観点から読んだ者にとっては拍子抜け。
そうではなく、キリスト教関係の更生施設に興味のある人が読めば参考になるに違いない。この本の目的はそこらあたりなのではないか。
いずれにしろ城田さんの「イメージ」はこの本からとは思えない。
とするとそれはどこからなのか。

 

2、深津文雄氏自身、「マリヤの賛歌」のまえがきで、この本の内容が当時においては格別数奇な人生ではないこと、キリスト教による更生
がこの本の主体であることを吐露している。

深津氏のまえがきによれば、城田氏は1958年11月に脊柱骨折を患い、病床において告白を始めたとある。終戦から13年、城田氏の年齢は30代半ば。記憶は確かであろう。当時「慰安婦問題」は存在していない。
従って深津氏のまえがきの次の記述から、この本の実体が浮かびあがる。

―矯風会の事業として映画化を企画~実現直前で中止。理由は宗教色が強すぎる
―婦人公論が抄録掲載~更生の記録ではなく、「転落の詩集」
―ある出版社による全文出版~顔が赤くなるような装い、男どもの欲望を刺激することに役立つだけ
―日本基督教団による出版~売れないと決めて絶版

といういきさつがあり、結局自費出版となる。
以上、深津氏によるまえがき。
つまり、ほとんどの人が戦争経験者であり、慰安婦だった人も多く存命していた当時としては、城田さんの人生がとりわけ人の注意をひくようなものではなかったのである。しかも、65%が宗教関係についての「告白」である。
要するに、つまらないのである(ただし無理につまらなくしたという作為の形跡あり~後述)。
それではなぜ城田さんが注目されるようになったのか。
冒頭イメージとの関係は何か。

 

3、1971年初版と1985年改訂第二版の違い~「石の叫び」の挿入

私が借りた本は1985年の改訂第二版であった。
1971年初版本を私は見ていないので、違いがあるのかどうか、すべてを承知することはできない。
しかし、ひとつだけ違があることは明らかだ。
それは第二版の深津氏のあとがきからわかる。
終戦から四〇年たち、遺棄してきた女性達に対し、“意を決して”城田さんが謝罪した、その謝罪の具体化が慰安婦慰霊碑の建立祈願であり、なぜ建立するかの理由がいわゆる「石の叫び」という告白だ、とあとがきに書かれている(ただしこの「石の叫び」というキャッチフレーズは翌年の1986年TBSラジオが放送したインタビュー全体をさす題名として現れたもので深津氏がそう呼んだものではない。ここでは便宜上深津氏のあとがきに書かれている部分を指すことにする)。実際に城田さんが語った言葉として「」で紹介されている。
終戦から40年、つまり1985年の告白ということになれば、これが1971年初版本に書かれているはずはない。
衝撃的な内容の「石の叫び」は1985年に登場したのである。
“元慰安婦、性奴隷告白者、「従軍慰安婦」慰霊塔提唱者”というイメージの始まりである。
しかし、しかし、ウーン、「マリヤの賛歌」本文とあとがきの告白とは別人が書いたものに思える。違和感を禁じ得ない。
“転落、あばずれ、更生・・・で、それが?”から“ええ!なんだって、ウッソー!”にかわるほどの違いだ。
深津氏は巧妙な副詞を添えることを忘れていない。
“意を決して”。
なるほど、1985年に至るまで、言えなかったのか!(ホントー?)
それから次々と朝鮮人元慰安婦のハルモニさん達が“意を決して”性奴隷体験を語り始めた。しかし不思議なことに、一番数の多い日本人元慰安婦で“意を決した”人は城田さんだけである。

 

4、城田さんが変えた言葉~三等船室が奴隷船へ

1986年に放送されたTBSラジオにおける城田さんの肉声の発言内容は、「マリヤの賛歌」の本文内容と大きく異なるところはない(TBSのナレーション部分―いわゆる「石の叫び」―は城田さんの肉声ではないので、この部分は脇に置く)。ただし、変えられた言葉、付け加えられた内容はあるので、まずそれらをピックアップしてみよう。ついでに私のコメントを加えた。(C)とヘッダー附記する

1、慰安婦として台湾へ渡る船について
「座ると頭がつかえる三等船室」(「本」P30、31)→
「船の底で、鎖こそかけられちゃいないけど奴隷だよね・・・」(肉声)
(C)では一緒に三等船室に乗っていた楼主や出稼ぎ、その他の人も皆奴隷ということに。
進駐軍占領期、殺人的満員電車に乗らなければならなかった日本人をしり目に、特別仕立て(グリーン車)一両に4,5名でふんぞり返っていた米軍将兵。これなんか三等船室どころではない。正に奴隷貨物車だ。

 

2、戦後、看護婦をめざしていた妹さんが自殺するが、
「妹だってお金があったら死ぬことないし・・姉らしいことは一つもしてやれなかった。でも私だって自分一人生きていくのがやっとだった・・・」(「本」P128、)→
「私が慰安婦だったの知って、もう生きているのがいやだっていって・・」(肉声)
(C)城田さんの肉声の後、TBSのナレーターが「内地では従軍慰安婦の存在はひた隠しにされていました」と続く。つまりここでナレーターが印象付けたいのは、一般には隠匿されていた“奴隷のように性奉仕をさせられた悲惨な”慰安婦の一人が姉であったということを知り、妹さんは自殺した。日本軍は姉だけでなく、妹までも残酷な運命に追いやった、と言いたいのである。吉田清治氏の奴隷狩りの嘘話を聞かせられた後ならば、ラジオの視聴者はこれを信じ、日本軍に対する嫌悪と憤りを覚えること間違いなし。
いやはや1986年にもなって、まだGHQの真相箱が続いているのだろうか。
だいたいひた隠しにされていた慰安婦について妹さんはいかに知りえたか。
つじつまのあわないこと多である。
妹さんの自殺理由は1960年前後の告白録(本)では生活苦。1986年の肉声では姉の慰安婦経歴。どうみても1960年の方が記憶が確かであり、その意味で信頼できると思うのだが。それとも今(1986年当時)になって思い起こせば、妹は姉の奴隷のような慰安婦経歴を苦に自殺したのだ、とはっと気が付いたということなのだろうか。だったら、それは城田さん自身が吉田氏の奴隷狩りの嘘話に影響され、また実は慰安婦とは日本軍にいたぶられ、動物のごとく捨てられた女たちということを吹き込まされて洗脳された結果であろう。

 

3、終戦前の数か月、パラオにおけるジャングルでの避難生活について、
「・・・たばこ半本、島民にやると小魚、バナナ、野菜をわんさと持ってきてくれました。・・農場へ行くにも裸足・・しまいには着る物もなくなって・・いよいよ食べるものもなくなって、いつ船が入るかわかりませんでした。・・伝保部隊の主計長さんが好意的にしてくれ、・・・粉と砂糖の混じったのを配給してくれました。・・・ジャングルには陸海軍の生き残った兵隊さんや、高級な技術をもった軍属さんが皆避難していました。その人たちのために慰安所を開こうと言う話が部隊から出ました。・・・野趣満々の家が軍属の工作班によってたてられました・・・上の方は女の子の部屋、谷川に近い方に炊事場、お風呂などが作られました。別にお客さんのための部屋もあり・・私の部屋でお客さんと話しているところにひょっこり紅樹園の主人がくると掴み掛らんばかりのやきもち、このやっかいな生活がいやになりましたが、内地に帰れるわけではないし・・・」(「本」P65~68)→

「椰子のきだとかさアンペラだとかみんな集めてね、慰安所を作ったの、川の流れているところに。それで、その所で死んだ人なんかいるわけ①、もう、女の人は惨めだったわよ。ほんとに惨めだったわよ②。でね、もう、水兵さんだってね、やせっこけてね、骨と皮ばかりになってウロチョロして、やっぱり、女の処に来るわけよ。もう、そんな骸骨に襲われてごらんなさい、気持ち悪いわよー③。ねえ、それでね、自殺しちゃった女の子がいっぱいいるのよ。とっても耐えきれないちゅって④。ジャングルに、もう掘って捨てる⑤所なんかないのよ。もうジャングルの中へポーンとほっぽり投げて、みんな野良犬だとか、何だか知らないけど、変な見たこともない動物が来てね、夜なんか食べるんだから、だから骨ばっかり散らばっているのよ。そういう風になっちゃうんだから。」(肉声)

(C)肉声の方の内容は全くと言っていいほど「本」の方には書かれていない。まえがきで、本の内容と肉声の内容とはそれほど異ならないと書いたが、こんなに違うではないかと言われるかもしれない。確かに一見、同一の人物が、同一の時代の同一の場所についての有様を書いたとはとても思えない印象を受けるだろう。しかし視点が変わると、焦点とする内容も異なってくる。

「本」は“懸命に生きた”という視点で書かれており、肉声は“日本軍罪悪史観”がその視点だ。焦点があてられたところも言葉も変わってくるのである。だから大方の内容の違いは“推察”できる範囲であり、従ってそれほど内容は異ならないと言えよう。ただし一か所を除く(後述④)。

具体的には:
①その場所で死んだ人なんかいるわけ~
このような生活環境なら死人も出よう。
当たり前すぎて本には書く必要がなかったのであろう。
②女の人は惨めだった~
惨めでない人はおそらくいなかったであろう。これも当たり前すぎて本には書く必要がなかったのだと思う。
ただし、惨めなのは女だけではなかったはずだ。
こでは「女」を強調するのは、「女」=「慰安婦」を暗示し、城田さんがすでに慰安婦性奴隷史観に陥っているのがわかる。
③そんな骸骨に襲われてごらんなさい、気持ち悪いわよー~
骨と皮の兵隊さんもいたであろう。ここは問題ない。しかし次の言葉、“ウロチョロして”は明らかに戦後の日本軍罪悪史観からきている言葉である。もし当時、城田さんが真に“いやねー、ウロチョロして、あっちへ行ってよ”と思っていたなら、それはもう人に非ずの醜い心の所作である。たとえば東日本大震災で、ひもじい思いのやせた人に対し、ウロチョロしないであっちへ行ってくれ、と言っているのと同じ。更に“襲われて”という表現も問題である。二重に問題である。恐らく痩せこけた兵隊さんは慰安所に客として来たのであろう。それを襲われてというように表現するのはこれも日本軍罪悪史観と慰安婦性奴隷史観からきているものと思われる。「本」の方を読んだ人なら、襲われた風に感じたこともあったのかなー、とその時の気持の表現として受け入れることもできようが、この肉声を聞いただけの人は、死に損ないのような兵隊にまで性の奉仕を強制されたと解釈するであろう。この城田さんの言葉は慰安婦性奴隷を説く人たちにとってはまたとない裏付けの証言として利用され得る。
④それでね、自殺しちゃった女の子がいっぱいいるのよ。とっても耐えきれないちゅって~
ここはとんでもない問題発言であるし虚実不明
「本」の方にはこのようなことは一切書かれていないし、推察もできない。
「自殺しちゃった女の子もいたのよ」であれば、これは推察できる。しかし自殺者がいっぱいいた、となるとそれが事実であれば必ず本の方に書かれたはずである。なぜなら、ジャングルでの極限状態での生活においてさえ、男女の関係に敏感であった城田さんが、自分の仲間たちである女の子たちが次々に自殺したことに対し鈍感であるはずはなく、もし事実なら必ず本に書かれなければおかしい。
実際、3人の女の子が空襲で死んだことについてはしっかりと書かれており、火葬するわけにもいかずそのまま埋めた、と苛烈な空襲下にあっても日本人として埋葬し弔うことを当然のこととして行っている(「本」P62)。これは次項の⑤とはだいぶ違う。
更に、「それでね・・・とっても耐えきれないちゅって」という表現は、自殺の理由が直前のやせこけた男から襲われた、つまりそんな“気持ち悪い”ことが頻発していたからということになる。「それでね」という表現は必ずしも前後の因果関係を示すものではないし、インタビューでの話し言葉なので、文章のように接続詞等を推敲することができないのはわかるが、本の内容からかけ離れすぎている。この一文で城田さんの手記も肉声もその信頼性は一挙に失墜しよう。
⑤もう掘って捨てる~
自殺した女の子たちを“捨てた”のである。日本人ならどんな人でも、掘って“埋める”というであろう。それができず、事実は捨てたような状況であっても、表現としては掘って埋めたかったができなかった、と言うであろう。“捨てた”という表現に慰安婦性奴隷史観がにじみ出ている。掘って捨てた、とそれこそ言い捨てた城田さんは、すでに慰安婦性奴隷史観の中にいる。前述④のごとく、「本」では「埋める」と言う言葉を使っているし実際埋めたのである。

 

5、1986年の肉声の中で、何気なく発している言葉に、WGIP自虐史観、日本軍罪悪史観、慰安婦性奴隷史観が現れている。

前述した、ウロチョロ、骸骨、襲われ、気持ち悪い、捨てる、奴隷船の他に具体的な例をピックアップしてみたい。
(ちなみに1960年前後の告白である本の方ではこのような史観は見えてこない)。

 

まず肉声の冒頭―といってもTBS“編集権”の介在による冒頭で、実際に城田さんが話した順番でなかろうが―そこからして激しい当時の日本非難で始まる。一見、戦時に懸命に生きた女性、慰安婦等、大勢死んでいるにもかかわらず、一切顧みられていないという現代社会(1986年時台)を嘆き非難している内容で、実際しごくまっとうな共感を得られものと捉えられるのであるが、話の“出だし”は次の通りである。

若い人なんかチュウガイコクなんか知らないからほんと幸福よ、ほんと幸福チュウガイコクとかチュウコウだって狩り出されていった女の子のこと一言も言ったことないのよ・・・・」

筆者が付した斜体部分は、戦争一般に対する非難というより、戦前の日本に対する激しい嫌悪感の表出であり、非難であり、明らかにWGIP自虐史観、日本軍罪悪史観がその基にある。
城田さん本旨とするところは、戦争で散って行った女性に対する慰霊であろうが、“出だし”があるためにそれがぼけてしまっていることは否めない。
又、本旨をはずれて、この出だしを印象操作のかなめとして利用する意図があったとすれば、正に出だしとして冒頭の冒頭に持ってくることがうなずける。
城田さんの冒頭発言の後、ナレーションが続く。

「日中戦争、太平洋戦争のさなか、侵攻をつづける日本軍を追うようにして、戦場から戦場へと渡り歩く女性の一団があった。彼女たちは従軍慰安婦。兵隊相手の売春婦である。日本軍が戦場へと送り込んだ従軍慰安婦は10万とも20間万人とも言われているが、その存在は軍事機密にされ、彼女たちがどこから連れて来られ、そしてどこへ消えて行ったのかは今もなぞにつつまれている

(筆者コメント:侵攻ねー?まあ戦勝国史観でしかたないか。でも売春婦だって言ってますね。日本軍が送り込んだ~これは事実と違う、はしょりすぎ。10万20万は朝日新聞さんも訂正謝罪したことだし、今からでもやはり訂正すべきではありませんか。軍事機密?吉田清治氏の嘘話丸のみか?確かに慰安婦の写真等は禁じたこともあったかもしれないけど、“醜業”と言われた職業についている人達を慮ったからでしょう!)

「TBSラジオニュース部記者、カミゾノオサムです。・・・・」
(カミゾノさんに、このインタビューについて今どう思っているか聞いてみたい)

 

「内地も襲撃を受けるっていう噂・・・どうせ死ぬなら兵隊さんのために役だってね、死んだ方がお国のためになるという馬鹿な気持ちを起こしちゃった・・」
これは本の方でも読み取れる内容であるが、しかし斜体の「馬鹿な」という形容詞は、戦後15年1960年前後の告白である本の方には存在しえないであろう。「懸命に生きた」という視点からは不適切な言葉であるし、当時はもとより1960年においても「馬鹿な」という風には思っていなかったに違いない。戦後40年のインタビューで出てきた自虐史観の言葉である。

 

6、「石の叫び」の作者は?

1985年版「マリヤの叫び」における深津文雄氏のあとがきに書かれ、1986年のTBSラジオ放送にて(城田さんの代わりに)ナレーターが語った「石の叫び」を全文かかげてみよう。

深津氏のあとがきだけに掲載され、TBSのナレーションにはない(たぶん省略された)部分は≪≫を付した。逆にTBSの方にあり、あとがきにはない部分は( )を付した。少し読みづらくなったが、とりあえずさっとお読みいただきたい。

「(終戦後40年にもなるのに日本のどこからも、ただの一言も上がらない。)
兵隊さんや民間人のことは各地で祭られるけど、中国、東南アジア、南洋諸島、アリューシャン列島で、性の提供をさせられた*娘たちは、さんざん弄ばされて、足手まといになると、放り出され、荒野をさまよい、凍りつく(原野)≪サイム≫で飢え、野良犬か狼の餌になり、(土にかえったのです)≪骨はさらされ土になった≫。(軍隊が行ったところ、どこにも慰安所があった。看護婦は違っても特殊看護婦となると将校用の慰安婦だった。)(兵隊用)≪兵隊さん≫は一回五十銭か一円の切符で行列をつくり、女は洗うひまもなく相手させられ≪・・て≫、(死ぬくるしみ。)なんど兵隊の首をしめようと思ったことか、半狂乱でした。死ねばジャングルの穴にほうりこまれ、親元に知らせる術もない。≪有様です。≫それを私は見たのです。この眼で、女の地獄を・・・。(四十年たっても健康回復はできずにいる私ですが、まだ幸いです。一年ほど前から祈っているとかつての*同僚がマザマザと浮かぶのです。私は耐えきれません。どうか慰霊塔を建ててください。それが言えるのは私だけです。)」

 

冒頭まえがきでも述べたが、これは「マリヤの賛歌」を読んだ者からすると大変な違和感がある代物である。
それは内容だけでなく文体、更に一つ一つの単語についても大いなる違和感を覚えることも理由である。
私は「本」がつまらないと申し上げた。当時の生き様として格別数奇なものではないからである。ところが「石の叫び」の方は、つまらないかどうかの次元ではない。自分の人生は“女の地獄”であり、あまたの女が日本軍により地獄に落とされたと言っているのである。いきなり、何なんだよ、ホントカヨ、エエ?ウッソー!と思わず叫んでしまう。しかも文体ときたら「マリヤの賛歌」とは全く違う。単語だって、城田さんの本には“娘たち”という単語は一度も使われていない。“女の子”である。また“同僚”などという一種の男言葉など使うはずはない(*印部分)。これは何かあるな!と私ならずとも首をかしげながら真相究明の意欲に燃える人もいよう。

 

で、もちろんおられた。
ジャーナリストの大高未貴氏がすでに検証記事を書かれている。
まず「石の叫び」の出所。
それは城田さんが深津牧師に送った手紙の中に書かれているのだそうだ。
ならば自筆の手紙を見せて欲しいと、大高氏は「かにた婦人の村」の天羽道子シスタ-に何度かかけあったそうだ。だが確たるお返事はなし。
返事がない!
エエ、ドウシテ、ウッソー!何かある、何かある、今度はわくわく感で叫んでしまう。

大高氏は書く。
「1962年『愛と肉の告白』刊行。『マリヤの賛歌』は『愛と肉の告白』の復刻版のようなもので、前者には削除されている部分が多々ある。」

「マリヤの賛歌」の前に城田さん、すでに本を出していたのだ。なるほど。深津氏が「マリヤの賛歌」のまえがきで、城田氏は1958年11月に脊柱骨折を患い、病床において告白を始めたと記している。1962年刊は年代が一致する。
記事にはその内の主要部分が掲載されていた。
エエ、ウッソー、ホント―?
その主要部分を読んだ。これはまるでポルノの出だしではないか。
不謹慎ながら男の私にはそのようにとらえられてしまう。
なるほど、深津氏のまえがきに―ある出版社による全文出版~顔が赤くなるような装い、男どもの欲望を刺激することに役立つだけ―とあった。合点。
要するに「マリヤの賛歌」は恣意的につまらないものにされたのだ。
で、どうして?

大高氏は続ける。

「城田さんの人間としての生々しい感情が削除されているのだ。従軍慰安婦プロパガンダ推進者にとって、城田すず子が主体的に売春婦としての自分の人生の宿痾と戦ってきた事は不都合な真実であり、日本軍=加害者、城田すず子=被害者という構図を作り上げるため、それを削除する必要があったのだ。」

ええ!もうこの時点から出来レースなのかよ!
実際大高氏もそのように主張している。
更に大高氏は深津氏の正体にせまる。
記事にある人物像を一言で表せば、“GHQから宗教界の改革をもちかけられ快諾し、キョウサントウというあだなをつけられ、キリスト教会の左翼といわれた人”。
GHQという日本解体を至上命令とした左翼集団。深津氏はそのメンバーとも言える存在だったわけだ。

 

そこでふと私は矯風会について思い出した。
城田さんが滞在した施設のいずれも矯風会と関係がある。
この矯風会、元会頭であった高橋喜久江氏は韓国挺身隊問題対策協議会と密接な関係をもち、慰安婦問題を拡散した人物であり本人もそのことを自認している人だ。
舘雅子氏によれば、1992年挺身隊問題アジア連帯会議において、他国の元慰安婦による日本軍擁護の発言をどなって制止したのがこの高橋氏であるとのこと。
矯風会の所在地は新宿百人町。あれ!かの有名な西早稲田界隈だ。

 

いやはや、こうなると一体「石の叫び」は本当に城田さんが書いたのか、と誰でも疑いたくなろう。
しかも、1986年のTBSラジオ放送では、肝心な「石の叫び」は城田さんの肉声ではなく、TBSのナレ-ターが読み上げているのである。なぜ城田さんに言わせないのか。

 

7、巧妙な言葉使いをはぎとると、それは意外にも「事実」

では、「石の叫び」は城田さんの作ではないのだろうか。
別に作者がいて城田さんの名前を無断あるいは承諾を得て借用したのだろうか。
大高氏はそこには触れず、城田さんは利用されたのではないかと疑問を呈している。
私は個人的見解として、「石の叫び」は基となる城田さんの手紙があって、それを巧妙な文章表現を駆使し、慰安婦性奴隷へ偏向させたと見る。

理由は次の2点。

1)城田さんと深津氏との間には数多くの手紙のやりとりがあったに違いない。城田さんは少なくとも、「愛と肉の告白」「マリヤの賛歌」が敢行されたころまでは、自虐史観や日本軍罪悪史観は恐らくあまり無かったものと思われる。ところが、1986年の放送での発言は明らかに自虐史観や日本軍罪悪史観に染まっている。従って、1985年までの手紙のやりとりの中で、過去の告白を自虐史観により捉えなおし、手紙に書いた可能性はある。

2)一読すると、確かに慰安婦の悲惨な境遇と日本軍の残酷性が印象に残る。しかしよく読むと、「石の叫び」にあるような悲惨な境遇は、ある時期、具体的には敗戦が近くなった時期は慰安婦だけでなく、民間人もさらには日本兵士たちも同じような悲惨な境遇にさらされたのであり、従って嘘ではないが、他に悲惨な人達もいたことや悲惨だった時期が明示されておらず、巧妙に慰安婦だけにスポットライトを向けている。又、安くはない売春代金をもらっていたことを意外にも正直に挿入している。しかし前後をつなげると、はした金で休む暇なく相手をさせられたという印象に終わる。それなりの報酬をもらっていたのではまずいであろう。

 

嘘ではない城田さんの自虐的、日本軍罪悪史観的告白を骨にすえ、誰かが巧妙な粉飾をほどこしたのだ。しかも、「嘘だろう」と言われれば「嘘ではない」という抗弁の余地もちゃんと用意しているのだ。

 

さて、もう少し具体的に化けの皮をはいてみよう。

まず以下の部分。

「中国、東南アジア、南洋諸島、アリューシャン列島で、性の提供をさせられた娘たちは、さんざん弄ばされて、足手まといになると、放り出され、荒野をさまよい、凍りつくサイムで飢え、野良犬か狼の餌になり、骨はさらされ土になった。」

だいたい城田さんが慰安婦として働いたところは台湾と南洋諸島のごく一部である。中国、東南アジア、アリューシャン列島における状況をどうやって知りえたのか。城田さんのようにこれらの土地についての手記をしたためた人がいたのだろうか。
「さんざん弄ばされて」と主観的捨てぜりふを吐くのは勝手である。本当に弄ばれたかどうかは別にして、もしそうであったとしてもそれに見合うかそれ以上の高額の報酬を得ていたわけで、そのことを自ら後述している。つまり、私は嘘をついていませんという、抗弁の巧妙な印象操作が行われているのである。
いずれにしろ自分勝手な主観を普遍的な実態であるかのように、これまた自分勝手に決めつけているわけだ。
「足手まといになったらおっぽり出されて」これも主観的捨てぜりふであろう。
しかもおっぽり出した主体が明記されていない。
仮に「おっぽり出された」という表現が許容されるならば、それは終戦間際から終戦直後にかけて、混乱した各地においておっぽり出された人達が多数いた時期において言えることである。なぜならおっぽり出したのは戦争そのものであるからだ。当然ながら、慰安婦だけがおっぽり出されたわけではない。
足手まといになり日本軍におっぽり出されたと言いたいなら、その日本軍もおっぽり出されていたことをどう説明するのか。
終戦間際だけでなく戦時中ずっと、足でまといになったらおっぽり出されたというなら、エビデンスが必要だ。
時期も、主体も明記しなければ、「嘘だろう」と言われた時、終戦間際に足でまといになりおっぽり出されたと抗弁できるわけだ。
さてそれに続く次の内容も同じことが言える。

「荒野をさまよい、凍りつくサイムで飢え、野良犬か狼の餌になり、骨はさらされ土になった。」

終戦間際から終戦直後にかけて、混乱した各地においてこのような境遇の人は多数いたであろうし、従って慰安婦だけがそのような境遇であったわけではない。
次は「石の叫び」後段である。

「兵隊さんは一回五十銭か一円の切符で行列をつくり、女は洗うひまもなく相手させられ・・て。なんど兵隊の首をしめようと思ったことか、半狂乱でした。死ねばジャングルの穴にほうりこまれ、親元に知らせる術もない。それを私は見たのです。この眼で、女の地獄を。」

前述したとおり、ここは安くはない売春代金をもらっていたことを意外にも正直に挿入している。ただし、「行列を作り」などという第三者的視点で高額売春代金を描写しており、自分たちとは関係のない代金であるような印象の言葉を選んでいる。その後に「女は」と一般化して高額代金がはした金に思えるほどこき使われた、と客観的事実を述べている印象を与えながら、次に兵隊の首をしめようと思った、とか半狂乱だったとか、洗う暇もないほどの状態に対する自己の反応を主観的に述べている。

すべての慰安婦が四六時中洗う暇がないほどの状態だったのかどうかは大きな疑問がわくし、兵隊の首をしめたいという城田さんの個人的思いを慰安婦全員の思いとするような印象をあたえる書きぶりはそれ自体意図的である。だいち、城田さんがそのような思いがあったなどということは2冊の著作からは想像さえできない。

「死ねばジャングルの穴にほうりこまれ」

ここは前述したように、終戦間際に限って言えば過酷なジャングル避難生活で死んだ人もいるだろうし、実際放り込まれるような埋葬をせざるを得なかったこともあろう。時期を限れば事実である。ただし「ほうりこまれる」などというWGIP自虐史観、日本軍罪悪史観の言葉は著作からは想像できない。問題は終戦間際ばかりでなく、戦時中いつも次から次へと女が死に、穴にほうりこまれたという意図的な印象操作が見えることである。

 

最後のとどめ―「女の地獄」―慰安婦・女に特化

時期も主体も明示せず、主観を客観のようにみせかけ、日本軍罪悪史観と悲惨な慰安婦の境遇を総括し決定づけているのが、最後の「女の地獄」という言葉である。「女」という特化によって、それ以外の人達の境遇を忘れさせ、慰安婦だけがそうであったという印象を読者や視聴者にもたせているわけである。
しかしこのからくりは同時に大きな矛盾も作り出しているのではなかろうか。
冒頭に「兵隊さんや民間の人は各地で祀られるけど・・」と、巧妙にも祀られている理由、すなわち国家のために戦い、あるいは悲惨な境遇のうちに命を落とした人達への慰霊のためという理由に言及されてはいないものの、かたや女の地獄であった慰安婦の慰霊がなされていないと訴えれば、兵隊さんや民間の人も同じ悲惨な境遇だったからだろうとすぐに理解できる。そうであれば慰安婦だけに特化された境遇ではなかったこともすぐに理解できるからである。

 

本項のまとめとしてちょっと遊んでみたい。
城田さんの手紙があったとすれば、元々はきっと次のような文面ではなかっただろうか。

『親の借金で仕方なしに外地へ行ったけど、横浜の港で父親の泣いている姿を見て覚悟きめたの。確かに兵隊さんからもらう代金は50銭とか1円とか決して安くはないものだったけど、兵隊さんが列を作って待っていて、実際洗う暇もないほど忙しい時は、兵隊の首でもしめてやろうかと思いました。しかも借金はほとんど減らなかったし。もっともぜいたくな着物をたくさん買ったからあたりまえですけど。それで一旦は東京へ戻り、南の島は玉代がいいっていうんで行ったんです。行ってみるとなんかのんびりしてるし、借金はおもしろいほど減っていった。好きな人もできたし。それでもう一度南へ行こうと思ったんですが、その時はもうあぶないからやめろと言われるような状況。どうせ死ぬなら兵隊さんのために、なんて自分に言い聞かせて無理やり行っちゃたけど、本当は恋心が理由だったのよ。でね、実際空襲が始まるとそれはそれはすさまじかった。生き残った人は、兵隊さんや軍関係の人も含め皆ジャングルの中へ避難。食べ物も着るものもなくなった。もちろん死んだ人もいた。本当は掘って埋めたかったけど、ジャングルの穴に放り込むよりしかたなかったのよ。あたしたち慰安婦や女の子たちだってとんでもない苦労をしたんです。それなのに、兵隊さんや民間の人、そして原爆の慰霊碑はあるのになぜ私たちのはないの? 戦後になって聞けば、中国だって朝鮮だってシベリヤだって、みんなと同じような悲惨な運命になった女の子たちも多いというのに。是非慰安婦の慰霊碑をたててください』

 

8、まとめ

 

1)城田さんの著作は2点。1962年刊「愛と肉の告白」と1971年刊「マリヤの賛歌」。「マリヤの賛歌」は「愛と肉の告白」の復刻版と言えるが、「愛と肉の告白」における城田さんの心情部分はすべてと言っていいくらいカットされており、つまらないものとなっている。戦時に生きたことについての手記としてはありふれた内容である。

2)深津氏自身、「マリヤの賛歌」のまえがきで、この本が「つまらい」という評価であったことを吐露している。

3)全体280ページのうちキリスト教関係の施設やそこにおける更生についてが65%を占め、この本の中心テーマはそこにあることがわかる。そのことも「つまらない」ものとなった大きな理油である。

4)この本の中心テーマがキリスト教関係の施設やそこにおける更生についてであるなら、コロニー(更生定住村)を計画していた深津氏の意向に沿ったものであると言える。

5)初版の1971年から14年という長すぎる年月を経た1985年「マリヤの賛歌」第2版が出版される。その第2版には深津氏によるあとがきの中に突如、いわゆる後に「石の叫び」という城田さんの慰安婦慰霊碑建立の願いが紹介された。しかしそこに書かれた慰霊碑建立の願いの理由は、内容も文体も2冊の著作からは推察さえできない違和感のあるもので、別人が書いたのではないかという印象さえ与えるものである。

6)1986年TBSラジオは「石の叫び―ある従軍慰安婦の叫び」と題し城田さんを中心に3人のインタビューを放送した。そこにも深津氏あとがきにある「石の叫び」も紹介されるが、なぜかその部分は肉声ではなくTBSアナウンサーのナレーションになっている。

7)インタビューにおける城田さんの発言内容は、上述ナレーションの部分を除き、おおよそ「マリヤの賛歌」に沿ったものであるが、著作の内容とは違っている部分、付け加わった部分や変えられた言葉もある。それらの部分や言葉は慰安婦の悲惨さを強調する効果を与えている。又、WGIP自虐史観、日本軍罪悪史観に影響されている言葉や表現が散見される。

8)ラジオ放送ではナレーションで紹介されたいわゆる「石の叫び」を読み解くと、そこにある慰安婦の悲惨な境遇は、終戦間際から終戦直後においては、外地にいた人すべてに多かれ少なかれあてはまるもので、少なくともその時期に限れば嘘ではない。しかし巧妙にも、悲惨な境遇であった時期も、何によって悲惨な境遇になったかも言及されていない。更に慰安婦慰霊碑建立がその中心となる目的であるはずなのに、悲惨な境遇が慰安婦だけに特化されているような言い振りは、すでに存在する兵隊や民間人の慰霊碑がなぜ建てられたかを考えれば、矛盾を露呈している。

9)ラジオ放送は城田さんの肉声部分を補強するため、自虐史観、日本軍罪悪史観の表現、言葉をそれとなく含んだナレーションや音響効果で悲惨な慰安婦の境遇を盛り上げているが、肝心な事実、慰安婦が高額な報酬を得ていたことは全く言及していない。このことは慰安婦奴隷史観をとる人たちに共通して言えることである。

10)そもそも城田さんが、人を騙し、賭け事に走り、ヒロポン中毒となり心身ともに荒廃したあばずれ女に転落したのは、戦後のGHQ相手のパンパン(GHQ慰安婦、私娼)時代であって、日本軍慰安婦時代はむしろ、自己の宿命を受け入れながら男女の悲喜こもごもの関係の中で懸命に生きたことが「マリヤの賛歌」から窺える。「女の地獄を見た」とか「自分は奴隷だった」という位置づけをするならば、それは日本軍慰安婦時代のことではなく、日本人全員が奴隷運搬車両とも言うべきすさまじい満員列車に乗らざるを得なかったGHQ占領時代について言えることである。城田さんが自己の境遇を「地獄」や「奴隷」という言葉で総括しようとするならば、GHQ占領という「時代の奴隷」であったと、言うべきである。

11)深津氏という人はGHQからキリスト教界の左翼化を持ちかけられ快諾し、キリスト教界の共産党とまであだなされた人物である。又同氏の著作には「日本の性風土は歴史的に世界最悪のものである」というような考えが表明されているようで、とすれば潔癖性というより日本に対する嫌悪感のようなものが内在している人物かもしれない。一方、城田さんが滞在した施設は、矯風会関係のもので、その元会頭の高橋喜久江氏は慰安婦問題を拡散したことを自認している人物とのことである。慰安婦関連の国際会議において、他国の元慰安婦が日本軍擁護の発言をした時、どなってそれを制止したという証言もある。このような環境が城田さんにどのような影響を与えたかは自ずと理解できよう。

12)ジャーナリストの大高未貴氏は「石の叫び」の検証記事をしたためているが、「石の叫び」の基となった城田さんの自筆の手紙は、それがあればその保管をしている可能性が一番高いと思われる人にかけあったがらち開かず、結局その存在を確認できなかったとのことである。

以上により、深津氏のあとがきで紹介された城田さんの「慰安婦慰霊碑建立願い」すなわちTBSラジオで放送された「石の叫び―ある従軍慰安婦の叫び」の中のアナウンサーナレーション部分は、城田さんの手紙を基に、ある意図をもって巧妙な言葉や表現への置き換えにより作成されたものとみることができる。

GI相手のすさんだあばずれパンパンであった時代の城田さんの実像が、いつの間にか慰安婦時代の城田さんに置き換えられ日本軍奴隷という“造られた慰安婦”の虚像にすりかえられたしまったわけだ。
“元慰安婦、性奴隷告白者、「従軍慰安婦」慰霊塔提唱者”と言う城田さんのノイメージは、実は“元慰安婦、GI性奴隷告白者、「従軍慰安婦」慰霊塔提唱者”という実像のGIがはずされたものなのである。

 

なお、TBSラジオの「石の叫び―ある従軍慰安婦の叫び」は第12回放送文化基金賞奨励賞を獲得した。
この放送はネット上に公開されているし、千葉県館山市にある安房文化遺産フォーラムのホームページに文字起こしの全文が掲載されている。

これらはアーカイブとしての役目を果たすべく扱われているものと思われるが、「石の叫び―ある従軍慰安婦の叫び」における三人の被会見者の内一人は吉田清治氏で、同氏の肉声内容は今では嘘話しであることが判明しており、それについて注書きもせず、そのままになっているのはいかがなものか。

知らない人は今を以て同氏の嘘話しを信じ込んでしまう可能性があり、又そのことを知ったときには城田さんの肉声内容ひいては放送内容、掲載内容すべてに疑問を抱く可能性もある。城田さんの話しも嘘であろうということになりかねない。

更に言えば、TBSラジオは賞を返還し、朝日新聞同様謝罪すべきだ。

 

以上
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iRONNA特集「慰安婦プロパガンダを正せ!」

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オピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」http://ironna.jp/
特集 「慰安婦プロパガンダを正せ!」http://ironna.jp/theme/513

をご紹介します。是非お読みください。

オピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」とは

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昨年12月末、慰安婦問題での日韓合意は正しかったのだろうか。海外では、20万人の女性を性奴隷として奉仕させたことを日本政府が認めたと報道されている。外交上の妥協が必要だったのかもしれないが、誤解(誤報)は正していくしかない。長期戦を覚悟したい。

特集記事より
◆ 山岡鉄秀 氏(Australia-Japan Community Network
「ハンタジー」から覚めない韓国人 反日プロパガンダは終わらない
http://ironna.jp/article/2938

◆ 山本優美子(なでしこアクション)
国連委員会は左派の牙城 「慰安婦=性奴隷」を広めた日本人たち
http://ironna.jp/article/2943

女子差別撤廃委員会に送った最終見解に対する抗議文

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英語版はこちら

抗議文

日付:2016年3月11日

発信:歴史の真実を伝える三者連合

宛先:国連人権委員会・女子差別撤廃委員会各位

 

件:第7回・第8回合同定期報告会・慰安婦に関する最終見解第28及び29項

 

残念なことに、上述の項の文章は極めて不快、傲慢であり、父祖に着せられた濡れ衣の汚名を雪がんとする我々の神聖な使命を踏みつけにする無礼そのものであると思料する。

 

第一に、これらの文章は、日本派遣団の長である杉山晋輔氏の発言についての貴委員会の見解を記載していない。次の文章は、貴委員会自身の「2016年2月16日付第1375回会議の概要記録」から引用した杉山氏の発言である。

 

「第36項

日本政府が1990年代に行った慰安婦問題に関する徹底調査では、日本の軍または官憲が婦女子を彼女らの母国から強制連行したという、広く信じられている事情を確認できるものはなかった。日本の小説家・吉田清治が1983年に表明した同じ趣旨の証言は論争を呼んだ挙句、日本の研究者により誤りであることが証明された。更に、日本の主要紙は、2014年、吉田の作り話しに大きく依拠した記事についての正誤表を発行し、読者に謝罪した。第二次大戦中、20万人の婦女子が慰安婦にされたとする日本の主要紙による主張を裏付ける証拠は存在しない。そのことは当該主要紙自身が認めている。その数字は、慰安婦として募集された女性の数と女子挺身隊として募集された女性の数とが合わさったものであろう。日本政府はまた、慰安婦が性奴隷に近いものであったする根拠なき主張を拒絶している。」

 

杉山氏の発言の後に貴委員会の1人が立ち上がり、「歴史は歴史です!」とヒステリックに叫んだ。多分、貴委員会のうち何人かは、歴史などどうでもよくて、日本の国家と民族に焼きごてで「強姦魔・人殺し」の烙印さえ押せれば満足なのであろう。

 

これを証明することが、既述の項が、1996年のクマラスワミ報告に対する我々の反論書について、貴委員会が何らの見解も記載していないことである。詳細は繰り返さないが、その大要は、日本の徹底調査に加えて、米国政府によって行われたIWG報告でも慰安婦の犯罪性を確認できるものは発見されず、韓国政府も強制連行を示す証拠を提示したことはない。元慰安婦らの証言はソウル大学の安ビョンジク教授が指摘するように極めて疑わしい、ということである。

 

加えて、問題をより混乱させることとして、Korean Council of Women Drafted for Sexual Slavery by Japan (Korean Council挺対協)の名に明らかに現れているように、工場における挺身隊労働と慰安所における売春サービスとの意図的な混用がある。この韓国の団体の日本に対する誹謗中傷活動への熱意は既に狂信的レベルに達している。挺身隊労働は、日本または朝鮮内における工場労働であって、売春ではない。該当する法律は海外における売春サービスを許可・規定していない。従って、かかる韓国の運動団体の名前そのものが、ウソの種を撒くためのイカサマなのである。

 

サラ・ソー教授がナヌムの家で取材した元慰安婦の1人は、「韓国で生存している元慰安婦の80%は以前から売春婦であった」と述べている。そして、挺対協は、この元慰安婦の証言をシリーズものの元慰安婦の証言集に含めないようにした」(P97, C. Sarah Soh 著 “The Comfort Women” Chicago Press) のである。

 

このような状況下で、元慰安婦が誣告をしていないと、その証言を検証することなしに、どうして確信を持てるのか。

 

これらの諸事情と、日韓併合時代に発行された新聞紙面および米軍情報戦争局作成の売春婦尋問報告49号を含む証拠の数々から、日本の国家と国民には推定無罪の権利が適用されるのである。

 

それでも貴委員会は、「何人かの慰安婦が、彼女らの苦しみが日本国による深刻な人権侵害であったとする日本国の明確な認知を受けられないまま死亡したこと」を遺憾とし、日本国が「賠償、満足、公式の謝罪、復帰サービスを含む有効かつ本格的な是正措置を講じる」よう求める。

 

これは現代の集団リンチではないか。

 

国連は、朝鮮戦争で第5補給品として国連軍兵士に性サービスをするよう強制動員された(「洋公主」と呼ばれる)朝鮮人慰安婦に対して、「賠償、満足、公式の謝罪、復帰サービスを含む有効かつ本格的な是正措置」を講じたことがあるか。

 

人権を専売特許にする国連が、このように人権をないがしろにするようでは、偽善のそしりは免れないであろう。貴委員会の本当の名前は「日本民族に対する差別推進委員会」であろう。

 

 

前述の項において、我々が見過ごすことのできないもう一つの文言は、最近の日本の韓国との二国間合意が「被害者中心のアプローチを充分に採用していない」というものである。

 

ナヌムの家の元慰安婦らが、日本に対して、どのような要求をしているのか。彼女らの要求は、「安倍首相または今上明仁天皇が、ナヌムの家に来所し、跪いて彼女らから許しを請う」というものだ。

 

このように増長慢した化け物を誰が創り出したのか。それは、歴史の事実を軽んじ、今の世界で戦争により疲弊した国々で苦しむ女性や子供らのことは無視して、日本の文明人をサデスィックに糾弾するため、朝から晩まで埒もないことを書くために時間を費やしている、あなた方とあなた方に類する人々だ。

 

貴委員会の要求及び勧告は、日本の国家と国民に対する侮辱である。我々日本人は、中世時代のような元慰安婦らのばかげた要求に屈する意思はない。

 

以上

Follow-up Information for CEDAW regarding Comfort Women

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Japanese version 日本語版

Follow-up Information

of

Coalition of Three Parties for Communicating Historical Truth

for

CEDAW 63rd Session Japan

regarding

Comfort Women (Paragraphs 28 & 29)

of

the Concluding Observations

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Letter of Remonstration

 

Date: March 11, 2016

From: The Coalition of Three Parties for Communicating Historical Truth

To: The honorable members of the U.N. Committee on the Elimination of Discrimination against Women

 

Subject: Paragraphs 28 and 29 of the “Concluding observations on the combined seventh and eight periodic reports of Japan,” pertaining to the “Comfort Women”

 

We find above-mentioned paragraphs highly offensive, contemptuous, and downright rude. The contents trample on our sacred mission to clear the name of our forefathers, falsely accused of crimes they never committed.

 

Firstly, these paragraphs lacked any comment on the remarks by Mr. Shinsuke Sugiyama, head of the Japanese delegation, and merely enumerated the Committee’s singularly one-sided recommendations. What follows are the remarks of Mr. Sugiyama, cited from the Committee’s own “Summary record of the 1375th meeting.”

 

Paragraph 36:

“The full-scale fact-finding study on the issue of ‘comfort women’ conducted by the Government of Japan in the 1990s had not found confirmation of the widespread belief that such women had been forcibly removed from their country by Japanese military personnel or Government agents. The testimony to that effect contained in the 1983 memories of Japanese novelist Seiji Yoshida had been disputed and subsequently disproved by Japanese scholars. Moreover, in 2014, a leading Japanese newspaper had issued a corrigendum to several articles which had relied heavily on Yoshida’s fabricated testimony and had issued an apology to its readers. There was no evidence to support the claim made by a leading Japanese newspaper that as many as 200,000 women had been recruited as comfort women during the Second World War, and that had subsequently been recognized by the newspaper itself. The figure could well be the result of a conflation of the number of women recruited as comfort women and the number recruited by the Women’s Volunteer Labour Corps. The Government of Japan also rejected the unfounded claim that the comfort women had been akin to sex slaves.”

 

After Mr. Sugiyama made this statement, a committee member stood up and hysterically shouted, “History is history!” Perhaps the truth is unimportant to some of your esteemed colleagues so as long as they are able to freely brand the entire Japanese people as “Rapists and Murderers” with hot red iron.

 

To support this observation, the aforementioned paragraphs do not contain any mention of our refutation to the 1996 Coomaraswamy Report. We will not reiterate our claims in detail here but, in brief, in addition to the full-scale investigation made by the Japanese Government, the U.S. Nazi War Crimes & Japanese Imperial Government Records Interagency Working Group Report produced nothing to substantiate the claim of the criminal nature of the “comfort women”. In addition, the government of the Republic of Korea has not presented any evidence of forced recruitment. Professor An Byong-jik of SeoulUniversity has pointed out the highly dubious nature of the testimonies of former “comfort women.”

 

An effort to confuse the issue is the intentional mix-up of “Conscripted labor” and Comfort Station prostitution, as clearly manifested in the name “Korean Council for Women Drafted for Sexual Slavery by Japan,” or “Korean Council,” a fanatical Korean activist group with a zeal for disparaging Japan. Conscripted labor was merely assignment to industrial work within either Japan or Korea—and not prostitution. No law or regulation either permitted or mandated overseas prostitution. Therefore, the name of this particular Korean activist group is fraudulent, designed to sow falsehood.

 

One of the former comfort women Professor C. Sarah Soh interviewed at a “House of Sharing” told her that “80 percent of South Korean comfort women survivors had been prostitutes…” However, the Korean Council declined to include her testimonial in its multivolume series of collections of survivors’ testimonials. (p.97, The Comfort Women by C. Sarah Soh, Chicago Press)

 

Given these facts, how can you be so sure that former comfort women are not making false allegation without examining whether they are telling the truth or not?

 

The combined evidence, including newspaper articles published during the Korea-Japan Annexation era and “Report No. 49: Japanese Prisoners of War Interrogation on Prostitution” prepared by Unites States Office of War Information, entitle Japan and the Japanese people to a presumption of innocence until proven otherwise.

 

Nonetheless, the current Committee claims that “some comfort women have died without obtaining an official unequivocal responsibility by the State party for the serious human rights violations that they suffered” and urged “the State party to provide full and effective redress and reparation, including compensation, satisfaction, official apologies and rehabilitative services.”

 

Does this not constitute a modern-day lynching?

 

Has the United Nations ever “provided full and effective redress and reparation, including compensation, satisfaction, official apologies and rehabilitative services” to Korean comfort women (Yungcon-ju) forcibly mobilized to provide sexual services for U.N. military personnel, as Class V Supplies, during the 1950-53 Korean War?

 

Inaction by the UN, a champion of human rights, on flagrant violations of human rights is the apex of hypocrisy. Perhaps the real name of the current Committee is the “Committee to Promote Discrimination against the Japanese Race.”

 

In addition, we cannot overlook the comment in Paragraph 28 on Japan’s recent bilateral agreement with the Republic of Korea, that it “did not take a victim-centered approach.”

 

What, in fact, are the demands of the former “comfort women” living in the House of Sharing? They demand that “Prime Minister Abe or current Emperor Akihito come to the House of Sharing to kneel down and beg for their mercy.”

 

Who created these monsters with over-inflated egos? The responsibility squarely rests with your colleagues, those who disregard historical facts and ignore the rights of women and children suffering today in war-torn countries, who spend all of their time writing pure nonsense merely for the sheer joy of chastising the good people of Japan.

 

We consider that the current Committee’s recommendations are disrespectful to the nation and people of Japan and we Japanese have absolutely no intention on succumbing to the bizarre and uncouth demands of so called former “comfort women”.

 

Regards,

 

-End of the Letter-

ジャパン・タイムズ「Challenging the ’20 American historians’」2016.3.9付

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慰安婦は性奴隷が社の公式見解と宣言」しているのがジャパンタイムズです。

そのジャパンタイムズがマグロウヒル社に抗議する50人の日本の学者を批判する記事を掲載しました。
2015.12.11
Fifty Japanese scholars attack McGraw-Hill, U.S. academics on ‘comfort women’ issue

これに反論する山下 英次氏(大阪市立大学)のコラム「Challenging the ’20 American historians’」がジャパンタイムズ2016.3.9付(ペーパー版3.10付)で掲載されましたのでご紹介します。

日本語版はこちらをクリック

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Japan Times
http://www.japantimes.co.jp/opinion/2016/03/09/commentary/japan-commentary/challenging-20-american-historians/#.VucbL5yLTIV

COMMENTARY / JAPAN
Challenging the ’20 American historians’
BY EIJI YAMASHITA (a professor emeritus at Osaka City University)

I organized “the 50 Japanese academics’ rebuttal of the 20 American historians’ statement,” which was announced last September and published in the December issue of Perspectives on History of the American Historical Association (AHA). This is the same periodical that published the 20 American historians’ statement last March. Our rebuttal was reported on in the Dec. 10 edition of The Japan Times and the December issue of Inside Higher Ed, an e-magazine on education based in Washington. I would like to take this opportunity to clarify the main aim of our rebuttal.

We said the 20 American historians would never find a single Japanese academician with whom they could stand, even though the title of their statement was “Standing with historians of Japan,” because there are at least eight factual mistakes in 26 lines about “comfort women” in the McGraw-Hill textbook at issue. Furthermore, we questioned their fairness since their statement had no reference to the report by the Interagency Working Group in the United States in 2007.

However, a more important reason for why we wrote the rebuttal is that we were concerned about the 20 American historians’ basic stance as scholars and educators, beyond the immediate comfort women issue. We were confident that our arguments could lead to better education for American youths, and hence were inherently beneficial to the U.S. as well as to the rest of the world in the longer perspective.

I think our concern was right. Several scholars, such as professor Alexis Dudden (University of Connecticut), professor Andrew Gordon (Harvard University) and others out of the 20 American historians were interviewed by The Japan Times or Inside Higher Ed, but none of them seemed to be worried about the education of young Americans. Moreover, it seems to me that American historians are still refusing to address the major factual errors in the McGraw-Hill history textbook.

Many English-language media outlets, including The Japan Times, refer to the comfort women as “sex slaves.” But such terminology is factually incorrect and runs counter to the Japanese government’s position. I hereby introduce the latest two examples. On Jan. 18, Prime Minister Shinzo Abe replied to a question raised by Upper House member Kyoko Nakayama in the Upper House Budget Committee that the phrases “sex slaves” and “200,000 comfort women” run counter to the facts. Moreover, on Feb. 16 Deputy Foreign Minister Shinsuke Sugiyama replied to a question raised by the United Nations Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women (CEDAW) in Geneva that there was no evidence proving the forcible removal of comfort women from their homes by the Japanese military and government authorities.

There is a widespread misunderstanding among the Western world that the Abe administration is somehow suppressing the media. It seems to us that the situation is precisely the opposite. In fact, the reach of the Abe administration’s efforts is rather limited by both the domestic and foreign media. Japan is among the highest ranked countries in the world in terms of freedom of speech. On the contrary, freedom of speech in the U.S. is obviously lower than that of Western European countries or Japan, because there are so many social taboos there. To take just one prominent example out of many, the U.S. government actively oppresses denunciations by former governmental staff members. Given all this, it would seem that Americans are not in a position to lecture other mature democracies on the finer points of freedom of speech. Instead, the 20 American historians should be more concerned about the free speech situation within their own country.

Upon its commencement in October 1998, the research objective of the IWG Report was limited to Nazi war crimes. Thereafter, though, Japanese Imperial government records were added to the objectives of the IWG Report in December 2000 in response to a request from the Global Alliance for Preserving the History of World War II in Asia, a group led by people of Chinese descent based in San Francisco. After very extensive research lasting seven years, the IWG could not find any documentation to show that the Japanese government committed war crimes with respect to the comfort women. In the IWG Final Report to the U.S. Congress, a document stretching 155 pages, there is no language clearly indicating that any record of Japanese war crimes vis-a-vis comfort women had been uncovered. Instead, the report contains reams of unimportant passages, presumably with the aim of camouflaging an inconvenient truth.

But despite no evidence of war crimes by the Japanese government in the IWG Report to the U.S. Congress, on July 30, 2007, the U.S. Congress still passed House Resolution 121 on the comfort women, demanding that the Japanese government apologize for “crimes” for which no evidence had been produced. The whole process in the U.S. Congress at that time was extremely unfair — or worse — to Japan.

Today, American fairness is in serious question almost everywhere in the world, although most Americans may not know this or do not wish to know. This broad lack of trust in American fairness is one of the major factors in the failure of American foreign policy on so many fronts in the past decades. Under such circumstances, is it wise for the U.S. to show apparent unfairness to the Japanese public, too, especially given that Japan is one of the closest American allies in the world? If the U.S. wishes to see its foreign policy succeed, it should begin with a reassessment of its fundamental fairness. The safety of Americans and of the rest of the world depends on it.

It is often said that we cannot acquire a clear picture of any given era of history until at least a century has elapsed. Since we are now 71 years past the end of World War II, it is natural that new evidence or interpretations will emerge in the years to come. Not only newly found historical facts but also new historical interpretations should be respected and subjected to academic discussion and debate. Incidentally, this year marks the 102nd anniversary of the outbreak of World War I, but we still lack a coherent historical evaluation of even that conflict.

And yet, these same Americans who have striven to fashion a consensus regardless of where the evidence leads them are quick to call us revisionists. But isn’t it always important for open-minded scholars to seek revisions when they are appropriate? Those who cry “revisionism” are unscientific; they do not behave like intellectuals. Perhaps it is time for us to return the favor and label them the “bigoted old guard.”

On this note, it is also important for us to begin to discuss the meaning of the latest world war, the Cold War, particularly in connection with World War II. It is indispensable to correctly recognize why the Cold War began soon after the end of World War II in order to clarify the characteristics of the “hot war.” It is also very important to review how we in the free world won the Cold War.

Finally, to return to our original point, McGraw-Hill Education in New York should sincerely address the major factual defects in its history textbook for the future generation of the U.S. and the rest of the world as well.

(End)

カナダ バンクーバー・サン特集記事「アジアのホロコーストを忘れないために」2016.2.27付

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カナダのバンクーバー・サン紙 Vancouver Sun 2016年2月27日付けの特集記事です。

中国や韓国からの移民が増え、アルファ (ALFA / Association for Laearning & Preserving the History of WWⅡ in Asia)のように「日本軍による残虐行為」を宣伝する団体が活発です。そこに日本の左派も協力しています。
この記事もそういう勢力が、カナダ人記者に書かせたのではないでしょうか。

バンクーバーは「カナダのサンフランシスコ」のような状況となってきています。

↓画像をクリックすると別ウィンドウで拡大してご覧になれます。

VancouverSun2016.2.27

<参考>
ALFA 姉妹団体 一覧  
http://www.alpha-canada.org/about/global-alliance-sister-organizations
※米国の抗日連合 他

ALFA 関連団体 一覧   
http://www.alpha-canada.org/about/other-related-organizations
※韓国の挺身隊問題対策協議会 他

【ブルガリア出身ジャーナリスト記事】ボコバ一族の闇 ~イリナ・ボコバは国連事務総長としての資格があるのか~

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イリナ・ボコバ ユネスコ事務局長

現在ユネスコの事務局長で、国連の次期総長に出馬するブルガリア出身の女性イリナ・ボコバ氏について、同国出身のジャーナリスト、ミロスラフ・マリノフ氏が書いたコラム「ボコバ一族の闇」をご紹介します。
ボゴバ氏が北京で行われた抗日戦争勝利70年記念行事(2015年9月)に出席したのも、南京大虐殺の記憶遺産の登録を決めたのも、このコラムを読んで彼女の背景を知ると頷けます。

 

 

マリノフ氏著書【 著者 ミロスラフ・マリノフ(Miroslav Marinov) 】
カナダ在住のライター・フリーランスジャーナリスト。ブルガリア出身。ソフィア大学哲学科を卒業後、ブルガリア科学アカデミー哲学研究所にて博士課程修了。北米の政治を中心に執筆活動中。
近著は Lynched:The Media War against Rob Ford

 

 

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★ 英語版 Bokov Family ENGLISH PDF

ボコバ一族の闇
~イリナ・ボコバは国連事務総長としての資格があるのか~

ミロスラフ・マリノフ

ボコバ一族が権力中枢にのし上がった背景

次期国連事務総長として最有力視されている現ユネスコ事務局長のイリナ・ボコバは、これまで以上にその個人的資質や経歴が注目を集めることになると思われる。イリナのキャリアは、共産主義国家ブルガリアの支配階級だけが有する特権によってもたらされたものであり、その生い立ちは腐敗した組織である国連に深く共鳴している。

ボコバ家という特異な一族がブルガリアの権力中枢に上り詰めることができたのは、第二次世界大戦中の激動のブルガリアの歴史を振り返る事によって説明ができるだろう。

当時のブルガリアにおける共産主義運動は、常に取るに足りないもので大きな流れとなることはなかった。1939年、スターリンとヒトラーの間で独ソ不可侵条約が締結されて「友好関係」が結ばれ、コミンテルンは各国の共産党に対してナチスドイツを支援するように指示をした。1941年3月、ブルガリアの「ファシスト」政府(実際にはファシスト政権ではなかった)は枢軸国に入り、ブルガリア共産党はその政府の決定を支持しなければならなかった。つまり、反ファシズム戦線を棚上げせざるを得なかったのである。ブルガリア共産党は、1941年6月にナチスドイツがソ連に侵攻した後に、初めて反ファシズム政党としての活動を開始した。

ブルガリアはナチスドイツと同盟を結んだが、当時のブルガリア国王はあらゆる手段を用いて自国が戦場にならないように尽力した。ソ連には軍隊を送らず、ヒトラーの度重なる要求にもかかわらずユダヤ人の送還、すなわち強制収容所に送ることを拒否し続けたのである。当時、ブルガリア共産党のレジスタンスは惨めな状況にあり、どこからも大規模な支援は受けられず、1000人規模の党員が森に立てこもって実現不可能と思われる政権打倒の機会を狙っていた。

共産党の状況が劇変したのは、ソ連軍がブルガリアに侵攻した1944年9月のことである。1944年9月8日、ソ連がブルガリアに侵攻し、翌日の9月9日、合法的政権であった当時のブルガリア政府は、祖国戦線(Fatherland Front)と呼ばれた陸軍将校グループのクーデターにより退陣を余儀なくされた。ソ連がブルガリアを占領するやいなや、ブルガリアの共産党員は新政府で主導的な役割を担うようになり、最初の数日間で「古い秩序」の支持者であった20万人もの国民を粛正したのである。粛正の犠牲となった人々の大多数が高等教育を受けた人々であった。正確な犠牲者数は未だに公表されていない。その後、ブルガリア共産党が「人民裁判所」を設置し、これにより5万人近くの人々が「ファシズム」を支持したという罪で投獄されたり、殺害された。こうして欠員となった当時の政府や教育機関の数々のポストを埋めたのは、共産主義に対する熱意のみが認められて選ばれた教育程度の低い労働者や農民達であった。

これが、ボコバの一族が共産党政権下で頭角を現してきた歴史的な背景である。

 

イリナ・ボコバの父親であるゲオルギ・ボコバが殺人事件に関与

ボコバ一族の家長であるゲオルギ・ボコフ (Georgi Bokov) *は、無学の農民の息子であった。ゲオルギは1940年にブルガリア共産党の党員となり、1942年から1943年までソフィア大学で法律を学んだ。しかし、過激な共産主義活動を行ったゲオルギは、大学入学1年目で退学処分となり、その後反政府武装グループの「政治委員」となった。1944年9月のクーデター以降、このようなゲオルギの活動が彼の共産主義活動家としてのキャリアを切り開いていったのである。

トドル・ジフコフとゲオルギ・ボコフ(右)

トドル・ジフコフとゲオルギ・ボコフ(右)

ゲオルギは、当時ブルガリアで人気のジャーナリストで漫画家であったライコ・アレキシエフ (Raiko Aleksiev) の殺害に及んだ民兵らの残虐行為に積極的に関与していた。1944年のクーデター後に、アレキシエフは第二次世界大戦中にスターリンの漫画を出版したことを罪に問われて逮捕され、獄中で民兵による拷問を受けて死亡した。共産党政府はその事件を隠ぺいしようとしたが、ゲオルギが重い靴でアレキシエフに殴る蹴るの暴行を働いたと証言する者が現れた。

ライコ・アレキシエフ

ライコ・アレキシエフ

アレキシエフが獄中死すると、彼の遺体は棺桶に密封され、決して棺桶の蓋を開けないようにという命令と共に家族の元に送り返された。しかし、アレキシエフの妻はその命令に従わなかった。棺桶の蓋を開けた妻が目にしたのは、体中の骨を折られ、睾丸までも潰された無残な姿に変わり果てた夫の遺体であった。

アレキシエフが殺害された直後に、残された遺族は自宅から追い出された。当時、このような「国民の敵」に対する措置は、よくあることであった。被害者が殺害あるいは追放された場合、その自宅は没収され、「貴族階級」の共産党員に与えられたのである。

ブルガリア共産党に対する徹底した忠誠心を表明し続けたゲオルギは、地元の党委員会で短期間働いた後、1946年にプラウダのブルガリア版と言える共産党機関紙(Rabotnichesko Delo (Workers’ Action))に職を得ることができた。ジャーナリストとして相応しくない経歴であったにもかかわらず、ゲオルギは1958年には党機関紙の編集長となり、更には1960年、ブルガリアのジャーナリスト労働組合委員長に就任し1976年までの16年間その役職を務めた。また、ブルガリア共産党中央委員会のメンバーにも選出された。しかし、ゲオルギは1976年に突然全ての党役職を解任され、早期退職をしてしまった。その理由は、未だに明らかにされていない。

ブルガリア共産党書記長のトドル・ジフコフは、スターリンとは異なり、揺るぎない支配を確立するために政敵を寛大に扱い従順にさせ、ジフコフ支配の35年間の間に政権内であえて彼に挑戦する者が誰も出てこない空気を醸成することに成功した。ジフコフ書記長の融和戦略により、退職後もゲオルギは在職中と変わらない特権を維持することができた。ゲオルギはジフコフに従順な共産党幹部の一人だったのである。彼は1989年にその生涯を終えた。

 

特権を享受するボコバ一族

1944年、ゲオルギ・ボコフは、共産党党員で後に妻となる女性、ナデジダ (Nadezhda)と出会った。ナデジダは、当時既婚者で幼い息子がひとりいたが、離婚してゲオルギと再婚した。その後、ボコバ夫婦に二人の子どもが生まれた。フィリップ・ボコフ(Filip Bokov,1948年~)とイリナ・ボコバ(Irina Bokova,1952年~)である。フィリップとイリナの兄妹は、共産党支配階級出身者として、生まれた時から特権を最大限に享受して育てられた。両親が「資本主義とファシズムに対抗する「アクティブ・ファイター」と呼ばれる共産党幹部であったことにより、フィリップとイリナ兄妹には更なる特別待遇が与えられた。当時ブルガリアでは、大学を含めて全ての教育が無償であった。しかし、ブルガリア国内の大学が全ての入学希望者を受け入れることは不可能だった為、大学入学試験は熾烈を極めた。特権階級出身で「アクティブ・ファイター」の子弟であったボコバ兄妹は、このような社会状況にもかかわらず、本人の能力や学業成績に関係なくブルガリア国内のどの大学にも無試験で入学が許可されたのである。

外交官になるべく教育を受けたボコバ兄妹は、一般市民は入学ができないソフィアのエリート英語学校を卒業し、その後モスクワ国際関係大学に進学した。このように海外の大学で教育を受けることが出来るのは、著名な共産主義者かシークレットサービスの協力者の子弟のみである。ブルガリア共産党あるいは「ふさわしい人物」の子弟であれば、望むキャリアを何でも手に入れられる。それは、実に簡単で当然なことでもあった。

 

 家庭崩壊に直面した兄フィリップ・ボコバ

イリナの兄フィリップ・ボコフは、1974年にブルガリア外務省に入省、1986年に駐英大使に就任した。1989年、共産党政権が崩壊したが、そのことは彼のキャリアに大きな影響を及ぼさなかった。ブルガリア共産党からブルガリア社会党へと党名が変更されても中身は変わらず、党員や上級幹部はそのまま党に残り、1990年に実施された最初の「自由」選挙では社会党は不正行為とプロパガンダで勝利を手にした。フィリップは、その後すぐに社会党の著名な政治家として知られるようになった。

1970年代に、フィリップは党中央委員の娘であるユリア・ブラディコバ (Yulia Vladikova)と結婚した。ユリアは、1973年にソフィアで車を運転中にスピードを出しすぎ老女をはねて死亡さ
るという事故をひき起こした。この交通事故の犠牲者の家族は正当な裁判を望んだのだが、事故はもみ消され、ユリアが加害者として罪に問われることはなかった。また、ガーディアン紙(The Guardian)が駐英大使としてフィリップがロンドンに赴任中に、ユリアが幾度か万引きをしたことを記事にした、とブルガリアの新聞は報道している。ユリアの行動は窃盗癖や不安定な精神状態のせいであるとされたが、それによってフィリップのイギリスでのキャリアに終止符が打たれた。

フィリップ・ボコフ(左)とゲオルギ・ジュニア 『犯罪者の体質を受け継いだ父と息子』(原文ブルガリア語)

フィリップ・ボコフ(左)とゲオルギ・ジュニア
『犯罪者の体質を受け継いだ父と息子』(原文ブルガリア語)

フィリップとユリア夫妻にはゲオルギ (Georgi、フィリップの父親と同じ名前)とビリアナ(Bilyana)という二人の子どもがいた。政治的影響力を持つ父親の存在はゲオルギ・ジュニアに様々な機会を与えてくれたはずであったが、彼が選んだのは犯罪への道だった。ゲオルギ・ジュニアは悪名高い自動車泥棒となり、1993年の逮捕を始めとして、その後何度も逮捕された。拳銃の不法所持を含め、有罪判決を4度も受けて服役した。2001年には盗難車を運転中に警察から追われ、逃げる途中に交通事故を起こして重傷を負った。フィリップはこうなってようやく息子の更生を諦めてゲオルギ・ジュニアと縁を切ったのである。

フィリップの娘ビリアナは弁護士になったが、家庭崩壊による精神的ストレスは相当なものだったのだろう。ビリアナは、2003年に自宅で首をつって自ら命を絶ってしまった。何度も繰り返された兄の犯罪が自殺の原因ではないかと噂されている。

フィリップの家庭は、ビリアナの死後ますます家庭崩壊への道を突き進んでいった。ゲオルギ・ジュニアは母親との折り合いが悪く、ユリアは息子ゲオルギ・ジュニアから幾度も暴行を受けたと訴えていた。最悪の事態が発生したのは2006年のことである。

ユリアが自分の手術費用をゲオルギ・ジュニアから借りていたのだがそれを期限までに返済しなかった為、彼が母親の自宅に押しかけた。二人は口論となり、ジュニアは母親に殴る蹴るの暴行を加え、大怪我を負わされたユリアは警察に被害届を提出したのである。

更に2011年の8月、ゲオルギ・ジュニアと妻のマリアは田舎道を運転中に交通事故を起こしてしまう。スピードの出しすぎでコントロールを失ったジュニアの車が観光バスと正面衝突し、バスの乗客19人が負傷した。ジュニア夫婦は即死であった。夫婦の遺体は地元の遺体安置所に運ばれたが、フィリップもユリアも遺体の引き取りを拒否し、ジュニア夫婦の遺体はボコバ家の墓には埋葬されなかった。ブルガリアの新聞のインタビューでユリアは「息子は罰を受けた」と心境を語った。

『私の息子は当然の罰を受けた』(ゲオルギ・ジュニア死亡後に母親ユリアが出したコメント 原文ブルガリア語)

『私の息子は当然の罰を受けた』(ゲオルギ・ジュニア死亡後に母親ユリアが出したコメント 原文ブルガリア語)

 

イリナ・ボコバのスキャンダル

イリナ・ボコバ自身も、問題の多い人物である。モスクワ国際関係大学を卒業後、兄のフィリップの監督下でブルガリアで働き始める。イリナは、「輝かしい」経歴により国連のブルガリア政府代表部の3等書記官となり(1982年~1984年)、その後昇進を重ねてブルガリア外務省書記官としてニューヨークに駐在することとなった。兄と同様に、共産党政権の崩壊は彼女のキャリアにとっては追い風となった。1990年、ブルガリア議会の議員に当選し、1995年から1996年まで外務大臣としての任期を務めた。

イリナのキャリアが上向きになってきていた頃、ブルガリアの新聞が彼女のスキャンダルを掘り起こしたことがある。義理の姉、ユリアがひき起こした人身事故と同様に、イリナ自身も1986年にソフィアで車を運転中に老婦人をひいて死亡させてしまっていたのである。すでに退職していた父親ゲオルギがコネを使い動いたため、イリナは事故の罪に問われずに済んでいる。

イリナがユネスコの事務局長として選出された後のことであるが、アメリカン・スペクテイター誌(The American Spectator)が、1980年にブルガリアから亡命した元外交官から聞いた話としてイリナのニューヨーク駐在時代のスキャンダルを暴露している。その元外交官は、イリナは筋金入りの共産党路線のプロモーターではあったが、彼女の行動は「優れた」共産党員の倫理からは程遠いものだったと回想していた。当時、イリナは最初の夫であるジャーナリストのルブミア・コラロフ(Lyubomir Kolarov)と一緒に暮らしていたが、夫が大酒飲みだったために二人の関係はうまくいっていなかった。そのうえ、イリナは同僚の外交官カリン・ミトルフ(Kalin Mitrev)と密かに付き合い始めていたのである。アメリカン・スペクテイター誌に掲載された記事は、イリナとカリン・ミトルフの不倫騒動を面白おかしく次のように述べている。

「ミトルフの父親が共産党の幹部だったことからイリナとミトルフの不倫関係はずっと 秘密にされてきていたが、ある事件をきっかけに公になってしまった。ある夜、マンハッタンのアッパーイーストサイドのあるアパートの外に、多くの人々が集まっていた。当時のボコバの夫であるコラロフが、自宅アパートの11階バルコニーから1階下のミトルフが住む部屋のバルコニーに飛び移ろうとして、ぶら下がったまま動けなくなっていたのである。コラロフがイリナとミトルフとの密会の現場を押さえようとしていたのは明らかだろう」

この事件の後、イリナはアメリカから本国に召還された。ブルガリアの腐敗した政治環境下においては、このような逸脱行為があったとしても当時者の政治家や官僚としてのキャリアが脅かされることはない。ニューヨークでの不倫騒動がイリナ・ボコバのキャリアを傷つけることはなかった。甥の犯罪歴が原因でイリナが駐英大使になれなかったという噂が流れたことがある。その噂は本当だったのかも知れないが、甥のゲオルギ・ジュニアの犯罪歴がイリナの昇進を妨げるようなことは無かった。うわさが広まった直後、イリナはユネスコのブルガリア代表と駐仏大使に任命され、2009年にはとうとうユネスコ事務局長に選出されたのである。そして現在、イリナ・ボコバは次期国連事務総長候補のトップランナーである。

 

腐敗した国連、ブルガリア政府とイリナ・ボコバは完璧にマッチ

暗い想像力をかき立てるハワード・フィリップス・ラヴクラフトやスティーブン・キングのような作家でも、ボコバ一族のおぞましい過去のようなストーリー展開は思いつかないのではないだろうか。ブルガリアでは「ボコバ一族はジプシーに呪いをかけられた」などと噂する人がいる。しかし、ボコバ一族の闇を説明することは簡単である。ボコバ一族は善と悪の概念の基準が曖昧か、または善悪の概念自体を否定する非道徳な社会の産物なのである。ブルガリアでは、共産党の利益とその支配階級が何よりも重要なのである。多くの東欧諸国では、共産党政権の崩壊後も人々の精神構造は変わっていない。

イリナ・ボコバはスキャンダルにまみれた人物だと思うかもしれない。しかし、オバマ大統領やヒラリー・クリントン、カナダのジャスティン・トルドー首相が政治の腐敗に貢献していることを考えれば、ボコバの腐敗ぶりは珍しいことではない。類は友を呼ぶである。イリナ・ボコバが自身の過去より醜い国連という組織の次期事務総長の座を狙っている事実を考えると、彼女のようにスネに傷を持つ人物を他者がコントロールするのはたやすいことだろう。国連がサウジアラビアのような野蛮な国に人権を「擁護」する人権理事会のポストを任せるのであれば、後ろ暗い過去を持つイリナ・ボコバは役に立たない組織である国連にとって理想的な人材と言えるだろう。

※ブルガリアでは、女性の場合名字にaを付けます。これはスラブ語圏では一般的で、イリナ・ボコバの場合父がゲオルグ・ボコフ(Georgi Bokov)なので、Bokovaとなります。

 

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参考資料:
http://www.24chasa.bg/Article.asp?ArticleId=236668
Бокови – от “Работническо дело” до ЮНЕСКО (The Bokov Family – from Rabotnichesko Delo to UNESCO)

http://tutankhamon661.blog.bg/politika/2011/08/28/chernoto-semeistvo-bokovi.810088
Черното семейство Бокови (The Dark Bokov Family)

http://www.blitz.bg/article/26650
Майката на Георги Боков убила баба на булевард (Georgi Bokov’s Mother Killed an Old Woman on a Boulevard)

http://www.168chasa.bg/Article/1007325

Георги Боков не се виждал с родителите си, искали да се откажат от него (Georgi Bokov Had no Communications with His Parents, They Wanted to Abandon Him)

http://www.flagman.bg/article/27705
Майката на Георги Боков: Вселената го наказа! (Georgi Bokov’s Mother: the Universe Punished Him!)

http://www.24chasa.bg/Article.asp?ArticleId=1003527
Синът на Филип Боков загина в зверска катастрофа (Filip Bokov’s Son Perished in a Horrific Crash)

http://www.24chasa.bg/Article.asp?ArticleId=1005082
Филип Боков ще кремира Георги (Filip Bokov to Cremate Georgi)

http://www.thenewamerican.com/world-news/item/21469-bulgarian-communist-and-unesco-boss-irina-bokova-may-lead-un-video
Bulgarian Communist and UNESCO Boss Irina Bokova May Lead UN

http://glasove.com/categories/komentari/news/izborut-na-bokova-e-sram-za-bulgariya-i-yunesko
Изборът на Бокова е срам за България и ЮНЕСКО (The Election of Bokova is Shame for Bulgaria and UNESCO)

http://spectator.org/articles/40776/familiar-new-face-unesco
A Familiar “New Face” at UNESCO: A former colleague recalls the Bulgarian ex-Communist recently named, with Obama administration backing, to head this key UN agency, by Rossen Vassilev

2016年3月1日

翻訳:マリノフ利江
小見出し、家族関係図、地図は翻訳者が追加しました。

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【解説】「国連女子差別撤回委員会」最終見解

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全米フリーペーパーに有志が「慰安婦問題特集」記事掲載

米国のなでしこアクション仲間Japanese Women’s Center がアメリカ全国36都市に無料配布されている日本語のフリーペーパー「ニューヨーク ビズ 」に「慰安婦問題特集」記事を出してくれました。2016年3月3日から4回掲載されます。

米国の皆さま、この記事を見かけたらぜひお知り合いにも広めてください。

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記事 PDF版ダウンロード
※画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示されます。

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