ニューヨークタイムズ記事 日本語訳「戦時中の日本による女性の奴隷化を探求した映画監督が提訴される」

ニューヨークタイムズが報じた映画「主戦場」の記事の日本語訳をご紹介します。
公式の日本語版がないため、有志の方に翻訳していただいたものです。

【 元の記事 】
New York Times   Sept. 18, 2019
A Filmmaker Explored Japan’s Wartime Enslavement of Women. Now He’s Being Sued.
By Motoko Rich
https://www.nytimes.com/2019/09/18/world/asia/comfort-women-documentary-japan.html

**************************************************************

 

戦時中の日本による女性の奴隷化を探求した映画監督が提訴される

東京発-出崎幹根(以下、「出崎」という。敬称略)が卒業テーマの研究のためにドキュメンタリー作品の制作を思い立った時、日本の政治に波紋を及ぼしている、ある疑問点について考証を試みた。その問題とは、終戦から75年を経た今、なぜ、政治的な影響力を持つ少数の保守勢力が、既に国際的に認知され受入れられている日本の戦時中の残虐行為について、熱心かつ声高に論争し続けるのか?ということである。

出崎が焦点を当てている問題は、具体的には、歴史研究者が呼ぶところの、第二次大戦中の大日本帝国軍隊による数万人の朝鮮人女性及びその他の婦女子の軍事用売春宿における性奴隷化である。いわゆる慰安婦は、実際には賃金支払いを受ける売春婦であると保守勢力は主張しているが、これについて出崎は詳細に追求してみたのだ。

結局のところ保守勢力は、出崎を納得させられなかった。出崎は保守勢力の主張の性格について「人種差別主義」や「性差別主義」などの言葉を使って表現したうえ、保守主義者らは「歴史修正主義者」であると結論づけた。すると、今度は保守勢力のなかから5人が彼を名誉毀損で裁判に訴えたのである。

出崎が映画の中でインタビューしている保守主義者たちは、日本政府の最高位の層に影響力を持つグループに属している。日本の子供たちの教育のあり方や、どのような芸術作品を鑑賞させるかなどの政策の形成に係っているほか、恐らくは日本の外交政策の主なあり方、特に韓国との間の外交政策についても影響力を持っていることが注目される。

慰安婦について、どのように表現しても、保守主義者たちの感情を逆なでするようだ。先月開催された愛知国際芸術祭は、朝鮮人慰安婦を象徴する像に対するテロの脅しによって中止に追い込まれた。

出崎と彼の支援者・外部の歴史家らは、かかる映画に対する提訴は、国家主義者たちが、いかに自らに抵抗する者たちを黙らせようとしているか、また同時に、1993年に日本政府が正式に行った慰安婦への謝罪に対してさえ、これに異を唱える見解を広めるためなら手段を選ばないことを示している、とする。「この映画の最重要テーマは、なぜ彼らが歴史を消したいのか?である」と36才の出崎は言う。

1993年の謝罪は、安倍晋三首相を含む政治的右派にとって、日々悪化する傷のようなものである。彼らは、朝鮮人慰安婦は、物理的強制力をもって売春宿に押し込められたことを示す証拠はないので、すなわち性奴隷ではないと主張しているのだ。

日韓両国の外交的、経済的または安全保障上の紐帯が、近年、これほどに悪化したことはない。朝鮮半島を植民地として占領した日本が、慰安婦の処遇を含めて、そこで行った虐待行為に対し、今なお負っているものに関する長年の紛争が、ついに決裂の状態に至ったかのようである。

保守主義者らは、日本が大戦中に行った行為は他の国々ほど過酷なものではないから、それをもって国家の名誉を損なうべきではないとして、これまでドイツがホロコーストへの償いを通して行ったような贖罪を避けてきた。

慰安婦に関する主流派の見方に対して声高に批判する日本の右派勢力の多くは高齢者層であるが、それに加えてソーシャル・メディアに精通した若い活動家らも、慰安婦を性奴隷と説明する人々には手厳しく批判するのが常である。

「これは人々の目を怒りで燃え上がらせる問題だ」と、日本の戦争記憶を専門にするニュー・ハンプシャー州ダートマス大学の准教授ジェニファー・リンドは言う。

「熱情の強さでは韓国でも同じであり、韓国の活動家らは、婦女子が暴力的に奴隷化されたという筋書きから一歩でも外れた解釈を許そうとしない」と彼女はいう。 2015年には、ある韓国の学者が「兵隊と慰安婦の関係は、一般に考えられているよりも複雑である」とする本を書いたところ、多くの箇所について見直すよう裁判所命令が下った。

出崎の2時間ドキュメンタリーである「主戦場」とは「慰安婦問題の主戦場」という意味である。この映画は既に日本と韓国では商業放映され、今秋にはアメリカ各地の大学キャンパスで上映される予定になっている。

フロリダ育ちの日系2世である出崎は、日系移民である両親から慰安婦について、ほとんど何も聞かされたことがない。出崎がこの問題について研究を始めた頃、彼は西側の報道メディアは史実について「何か思い違いをしているのではないか」と思ったという。

主流派の見方を理解するため、彼は、種々の証拠を示して説明をする歴史家、支持者、弁護士たちにインタビューを試みた。文書資料は、日本軍が売春宿の運営に直接的な役割を持っていたことを証明し、何百人という女性が、いわゆる慰安所に於いて悲惨な状況下で働かされたと証言していた。

しかし、主流派の専門家たちは、日本軍が力づくで婦女子を誘拐したことを示す直接的証拠がないこと(保守主義者たちは、この点を衝く)についても隠さず打ち明け、慰安婦とされた婦女子の人数の見積りにも大きな開きが存在することについても率直に語った。

映画の中で出崎は、保守派が指し示す1944年の米陸軍報告書に焦点を当てる。この報告書はビルマでインタビューした20人の朝鮮人慰安婦についてまとめたものであり、報告書は彼女らを「日本兵のために日本軍に付属せられた売春婦にすぎない」としたうえ、「騙されて」連れてこられたと説明する。

売春宿の運営に軍が直接係っていたことを示す重要文書を世に明らかにした歴史学の退職教授である吉見義明は、「保守派は、ある部分を否定することで、全部の状況を否定しようとする」と話す。

強制性の扱いが映画の主要な部分を占める。最終的に出崎は、女性たちは強制され又は騙されて、本人の意思に反して兵隊らに性サービスを提供させられたと話す研究者の説明に納得する。映画の中で彼は、慰安婦の存在を忘れないことは「人種差別、性差別、ファシズム」と戦うことだ、と結論づける。

保守派について出崎は、「自分は彼らを名誉毀損していない」という。「自分は、慰安婦問題とそれに係っている人たちについてドキュメンタリーを創っただけだ」と。「映画は情報を明らかにする。その情報をどう解釈するかは観客次第である」と付け加えた。

しかし、出崎を提訴した側に言わせると、彼にはバイアスが掛かっているという。「新しい歴史教科書をつくる会」の副理事長で、その名刺に「誇りある日本人をつくる!」の文字を刷り込んでいる藤岡信勝は、「“歴史修正主義者” というのは、最大の悪意がこもった単語ですよ」と話す。

別の原告の一人である藤木俊一は、当方宛てのメールの中で「これは、歴史を捏造しているのは誰かを明らかにする戦いであると私は確信する」と述べている。また、「アメリカでは、リベラル派は保守派の人間に向かって“人種隔離主義者”“KKK”“ナチス”“ヒトラー”などのレッテル貼りを好んでするけれども、彼らのいう“人種隔離主義者”とは、自分たち自身のことだ」と付け加えている。

日本に30年以上在住する米人弁護士で、TVコメンテーターとしても人気を博しているケント・ギルバートは、「映画は私の見解を誤って伝えてはいない」が、「大衆ウケを狙ったプロパガンダ映画」であるという。彼によれば「慰安婦とは売春婦にすぎない」という。「皆誰でもが知っていることだ。売春婦に会いたかったら朝鮮人を捜せ、と。朝鮮人は世界中に売春婦をばら撒いているよ」とも。

彼らは出崎と配給会社の東風映画を名誉毀損のほかに契約違反でも訴えている。原告側は、映画があくまで出崎の卒業テーマ作品であって商業映画ではないことを前提としてインタビューを受けることに同意した、としている。原告側は損害賠償の支払いと放映差し止めを求めている。

出崎と配給元の代理人弁護士の岩井信(いわい・まこと)によれば、出演者全員が署名した合意書(release form)において、出崎に全面的な編集権と著作権を委ねている旨を規定しているという。NYTでは発表された2つのバージョン合意書について精査をした。

映画にも登場する、出崎の指導教官で東京・上智大学で教鞭を取る比較政治学者・中野晃一は、原告らは「映画の解釈が自分たちにとって完全に気に入るものではなかった」ので、提訴をするための理由を捜していると思う、と述べている。

映画を観た日韓両国の観衆は、映画は慰安婦論争を理解するための新しい手法を提供するものと述べている。先月末、西江大学校 (Sogang University)で上映した際には、Chae Min-jin (26才)は「日本の右派が主張する内容とロジックを韓国人が理解することは結局のところ無理」だという。

日本の観客のうち、ある者は 自分たちの歴史教科書では得られない情報を映画は提供している、としている。フリーランスのコピーライター・広瀬つばさは、自身の映画批評ブログに、慰安婦とは「看護婦のように病院で働いて人に接するもの」とずっと思っていたと書いた。彼女は、自分が慰安婦のことを「何も知らなかったし、知る機会さえなかった」とも述べた。

出崎は、慰安婦を巡る論争に終止符が打たれるとは思わない、という。「私の結論は、これで終わりというわけではない。私は全てを知っているわけではない。自分が知っている事を基にして自分の結論を擁護できるとは思う。しかし、自分の論点のうち、あるファクターについては維持できない可能性があると考えている」としている。

 

———————————————————-
東京支局長 リッチ素子
井上真己子、山光瑛美は東京から、Su-hyun Lee は韓国ソウルから、報告のため情報提供に寄与した。

この記事は2019年9月19日付ニューヨーク版紙面8ページAセクションにてタイトル「日本による性奴隷化の映画で米国人が提訴される(American Sued Over Film on Sexual Enslavement by Japan)」で掲載される

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *


*

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>