ニューヨークタイムズは映画「主戦場」 をどう報じたか

2019年10月9日
なでしこアクション代表 山本優美子

ニューヨークタイムズは映画「主戦場」 をどう報じたか

ニューヨークタイムズに日本支局発の映画「主戦場」の記事が掲載された。インターネット版は2019年9月18日付でタイトル「戦時中の日本による女性の奴隷化を探求した映画監督が提訴されるA Filmmaker Explored Japanʼs Wartime Enslavement of Women. Now Heʼs Being Sued.)」。紙面は9月19日付ニューヨーク版第8面でタイトル「日本による性奴隷化の映画で米国人が提訴される(American Sued Over Film on Sexual Enslavement by Japan)」だ。 ( 記事日本語訳はこちら

この記事が出る前の9月3日、私はニューヨークタイムズ日本支局長リッチ素子記者の取材を受けた。写真撮影も依頼されたが写真はお断りした。結局私の発言は記事の中で使われなかったが、記事を書いたリッチ素子記者と直接話し、日本支局スタッフと接することができたのは、ニューヨークタイムズ関係者の考え方を知る上で良い機会であった。

 

■     「主戦場」全米大学上映ツアー開始と同時の記事

記事がニューヨーク版紙面となった9月19日は「主戦場」の監督ミキ・デザキ(出崎幹根)氏が「米国大学上映ツアー」を開始しした日だ。出崎氏もこの記事をツイッターで「素晴らしい記事(Great NY Times article)」 と喜んでいる。

ツアーは10月11日までのおよそ3週間、米国東海岸の北部バーモント州からジョージア州まで南下し、大陸を横断して西海岸まで、ブラウンやエール、UCLAのような有名大学を15か所回った。出崎氏のツイッターでは各大学での上映会が成功した様子が投稿されている。コネクチカット大学では、反日で有名な歴史学者アレックス・ダデン教授も参加したとのこと。UCLAではグレンデールとサンフランシスコで慰安婦像建立に協力した市民団体関係者も参加すると宣伝されていた。

記事と上映ツアー開始が同日とは、偶然とは思えないタイミングの良さだ。日本支局によると日本発の記事であっても、掲載日は本部が決めるので掲載されて初めて日本支局が知るそうだ。

全米15もの有名大学を3週間で回る手配の良さにも感心する。

出崎氏自身は一年半前に日本で大学院を卒業したばかりの36歳の一日系米国人男性だ。特段影響力のある人物とは思えない。出崎氏と映画を支援する勢力が日本だけでなく米国内にもいるのではないだろうか。

 

■    慰安婦問題  記者が理解できない三点

慰安婦は性奴隷ではないと主張する私は映画「主戦場」でレイシスト(民族差別主義者)扱いされている。これまでも米国訪問の際に「山本優美子レイシスト、ナショナリスト出ていけ」のデモに遭ったり、誹謗中傷のチラシを配布されたりして不愉快な思いを何度もしてきた。

今回取材の際、リッチ記者に「またメディアに酷いことを書かれて嫌な思いをすると思うと今日の取材も躊躇した」旨を伝えると、そんなことはないと驚いた様子だった。リッチ記者も日本支局の女性スタッフも非常に感じの良い方たちで、取材は言葉を一つ一つ確認しながら丁寧に進められた。

そんなリッチ記者と話す中で、慰安婦問題についてどう説明しても理解してもらえない点が改めて分かった。慰安婦制度と河野談話と教科書だ。

リッチ記者は、慰安婦制度について当時と現在の社会や人権状況が違うということは分かっても「軍用に慰安所があること自体があってはならない。女性への人権侵害」というという考え方だ。

記事では1993年の謝罪と表現されている河野談話は、リッチ記者は日本軍の強制性の証拠だという。確かに外務省のホームページの河野談話の英文日本語よりも更に酷い印象を与えるものだ。たとえ談話が韓国との政治的妥協であっても、2014年に日本政府が河野談話を検証しても、2016年に日本政府代表が国連人権委員会で強制連行、20万人、性奴隷を否定する発言をしても、1993年から四半世紀以上にわたって広められた河野談話は今も強制連行の証明として使われる。海外メディアの慰安婦問題記事では必ずと言っていいほど引用されている。

教科書については、リッチ記者は「米国では奴隷制度を教科書に載せている。なぜ日本では慰安婦について教えないのか」という。慰安婦制度と奴隷制度は全く違うものだし、子供たちに教えるべき重要な歴史は他にたくさんある、と説明しても「歴史の悪い面も子供には隠さず教えるべきだ」と納得できない様子だった。

 

■     ニューヨークタイムズらしい 日本は植民地で残虐行為

日本の保守層からは反日的メディアと呼ばれるニューヨークタイムズだが、今回の記事も日本は韓国を植民地にして残虐行為をしたことが前提となっている。

記事には「朝鮮半島を植民地として占領した日本」、「慰安婦の処遇を含めて、そこで行った虐待行為」、「国家の名誉を損なうべきではないとして、これまでドイツがホロコーストへの償いを通して行ったような贖罪を避けてきた」とある。

残念ながらこれらは海外メディアのお決まりの表現でもある。

 

■   影響力のある保守主義者が脅し?

記事では「出崎が映画の中でインタビューしている保守主義者たちは、日本政府の最高位の層に影響力を持つグループに属している」として、「日本の子供たちの教育のあり方や、どのような芸術作品を鑑賞させるかなどの政策の形成に係っているほか、恐らくは日本の外交政策の主なあり方、特に韓国との間の外交政策についても影響力を持っていることが注目される」とする。あまりにも過大評価だ。我々側には著名なジャーナリストや評論家もいるが、残念ながらこれほどの影響力はない。

その「保守主義者たちの感情を逆なでする」ものとして「愛知国際芸術祭は、朝鮮人慰安婦を象徴する像に対するテロの脅しによって中止に追い込まれた」との例を挙げる。その後に出崎氏の言葉「映画に対する提訴は、国家主義者たちが、いかに自らに抵抗する者たちを黙らせようとしているか」、「この映画の最重要テーマは、なぜ彼らが歴史を消したいのか?である」と続く。

慰安婦像展示へのテロの脅しと映画への抗議や提訴が両方とも保守主義者の圧力、という印象を与える書き方だ。日本の保守、国家主義者、は権力を振りかざして暴力的というイメージ。これも海外メディアのお決まりの表現だ。

出崎氏は自分がまるで権力者に圧力を受けた被害者のように語っているが、我々が「歴史を消したい」などとは彼の勝手な思い込みだ。我々が訴えたのは出崎氏の詐欺的行為と人権侵害が理由だ。被害者は我々の方である。

 

■     ニューヨークタイムズも認めた 慰安婦20万人証拠なし

記事は評価できる点もある。取材の時リッチ記者は、映画では結局「慰安婦20万人」は誰も証明できなかった、と話していた。確かにその通りで、映画では慰安婦の「強制連行、性奴隷、20万」の三点について左派の学者はだらだらと話してはいるが、結局は誰も証明出来ていない。

今回の記事ではその点をこのように書いてある。「主流派の専門家たちは、日本軍が力づくで婦女子を誘拐したことを示す直接的証拠がないこと(保守主義者たちは、この点を衝く)についても隠さず打ち明け、慰安婦とされた婦女子の人数の見積りにも大きな開きが存在することについても率直に語った」

 

■  映画は学術研究倫理違反の卒業プロジェクト

この記事をよく読むと大学関係者、研究者であれば気づくことがある。映画はそもそも卒業研究であったこと、その研究対象者が提訴したということ。つまり学術研究倫理に反した行為があった可能性が高いことだ。そして指導教授は教え子の研究協力者に対して配慮している様子が全くないこと、だ。

記事で出崎氏は「卒業テーマの研究のためにドキュメンタリー作品の制作を思い立った」とし、原告側は「映画があくまで出崎の卒業テーマ作品であって商業映画ではないことを前提としてインタビューを受けることに同意した」ことを明らかにしている。

また、「映画にも登場する、出崎の指導教官で東京・上智大学で教鞭を取る比較政治学者・中野晃一」は、「原告らは映画の解釈が自分たちにとって完全に気に入るものではなかったので、提訴をするための理由を捜していると思うと述べている」と書いている。学術研究倫理を守る指導教官であれば、教え子の研究協力者に対して配慮を欠いたこのような発言ができるはずはない。

日本では文科省の指導で多くの大学で学術研究倫理規定が設けられている。もちろん上智大学にも研究対象者・協力者の人権を擁護する学術研究倫理規定がある。研究対象者は自分が納得できなければ研究参加協力を撤回できるし、データの破棄を求めることも出来る。

米国の大学では研究倫理規定が日本よりずっと厳しいと聞く。研究者は大変な苦労をして倫理規定に則って研究に取り組んでいるのだ。研究倫理に問題のある映像が大学で上映されてよいのだろうか。

 

■     「表現の自由、言論の自由への侵害」へのすり替え

出崎氏は、9月23日付ロシア国際テレビネットワークの記事で「日本の戦時女性奴隷化についての映画『主戦場』に対する差し止め訴訟は、言論の自由、表現の自由への攻撃、議論の口封じ」と語っている。彼にとっては自分の権利だけが大切なようである。

我々が止む無く提訴するに至ったのは、彼の卒業研究に協力した我々研究対象者の訴えに出崎氏が聞く耳を持たなかったからだ。

詐欺的手法を用いて、学術研究倫理を守らずに制作し、研究対象者の人権を蔑ろにする映画は「表現の自由」でも「言論の自由」でもない。

以上

 

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