映画『主戦場』について

原文(英語)/Original(English)

2020年3月
長尾秀美(元在日米海軍司令部渉外報道専門官、小説家、ノンフィクション作家)

映画『主戦場』について

1.この映画はドキュメンタリーとして作成され、字幕は英語、日本語、韓国語版がある。デザキ・ミキ氏が演出・監督した映画は2019年4月20日から公開されている。1
英語版の題名が示すとおり「慰安婦問題」を扱っているけれど、この映画は重要問題として他の事柄も扱っている。

2.この映画の観客は以下の3種類に分けられる。

(1)これまで自称元慰安婦に同情してきた人たちは、映画が期待どおりの出来栄えだと喜ぶだろう。

(2)自称元慰安婦の主張を疑わしいと考えてきた人たちは、映画が事実をないがしろにしているとガッカリするだろう。

(3)これまで慰安婦問題に関心を寄せていなかった人たちは、映画に見え隠れする政治的意図のせいで、日本が世界にとって脅威となると確信するだろう。

3.この映画は韓国側の主張に反対する知識人に焦点を当てている。デザキ氏は悪意をもって彼らを否定主義者、修正主義者、右派だと決めつけて非難する(以下では彼らを正論推進者と呼ぶ)。そして彼は安倍晋三首相を許しがたい政治家だと断定する。

4.映画作成に際し、デザキ氏が用いた手法には大きな疑問符がつく。なぜなら彼は、

4.1.非難する目的で、正論推進者を選んで面談したからだ。

4.2.以下に掲げる韓国側の主張に対し、合理的にかつ真剣に検討しようとしなかったからだ。

4.2.1.日本軍および日本政府が慰安婦を強制連行したことについては、吉田清治に関する引用を控え目にし、千田夏光に関しては引用せずに議論をしている。彼らの著作や陳述は、慰安婦問題全体像のごく一部にしか過ぎないものとして扱われている。理解しがたいのは、デザキ氏が吉田清治の映像を出していることだ。というのは、吉田こそ同問題に火を付けた張本人だからだ。その事実は笑いごとではない。

4.2.2.朝鮮人慰安婦20万人の存在は、人権侵害こそ論点だという主張のもとに、いくつかある見解の一つに過ぎないとしている。

4.2.3.兵士を性的に接待した慰安婦は広義の意味で性奴隷状態だったとし、性奴隷と売春婦との違いを定義せずに強調している。

4.2.4.慰安婦が戦地においてどんな自由を享受していたとしても、それは性奴隷制度の犠牲者だったという理解をさまたげるものとしてほぼ無視している。

4.3.聴衆に対し、河野談話を日本政府が過去の過ちを認めたものだと決めつけ、その内容自体や背景を精査していないからだ。

4.4.国際社会における日本の名誉を貶めるために、日本と安倍総理が慰安婦問題を矮小化し、軍国主義や国家主義や神道を推進しているのだと強く非難しているからだ。

4.5.デザキ氏はどのような手段で正論推進者との面談をビデオ撮影したかを明らかにしていないからだ。ロンドンでの映画上映後、彼は報道関係者にその背景を少しほのめかしてはいる。2

4.6.デザキ氏は朴裕河女史の『帝国の慰安婦』を正当に評価していないからだ。

4.7.デザキ氏は、慰安婦問題が人権侵害だということを強調するために、慰安婦は中国人女性20万人を含め、合計40万人いたとする上海師範大学の蘇智良教授の主張に触れていないからだ。

4.8.スマラン慰安所事件に関し、デザキ氏はバタビア軍事法廷での裁判記録を精査することなく、吉見義明氏の説明を鵜呑みにしているからだ。日本でもアメリカでも裁判において冤罪事例はあった。

4.9.朝鮮戦争やベトナム戦争時代、韓国軍が慰安婦を利用したことについては、聴衆が関心を示さないようにするため、その話題を最小限にしているからだ。

5.その一方、映画の意図とは異なる意見がいくつか出されている。

5.1.戸塚悦朗氏は、「その(*騙したりという)犯罪があったわけでしょ。業者にしてもね。そうすると、その犯罪に対応して、きちんとその業者を捜査して、それで処罰しなきゃいけない。それをやっていなかった」と述べた。当時、朝鮮人慰安婦を斡旋したのは朝鮮人業者で、日本人慰安婦を斡旋したのは日本人業者だった。日本領事館が作成した多くの報告書によると、朝鮮人慰安婦を雇用し、慰安所を経営していたのは朝鮮人だった。3
したがって戸塚氏が意図したのかどうかは不明だが、日本がそういう業者などを処罰することになれば、火に油を注ぐことになる。

5.2.正義連(旧挺対協)の尹美香氏は、「韓国の責任についていえば、韓国の家父長制に対する責任を追及し、訴え続けてきた人たちこそが、挺対協を作り上げた人たちであり、…。そのような(*慰安婦制度という)巨大な強姦制度を作り上げたのは、日本政府であることで、日本政府の責任は、韓国の家父長制や連合国の責任を超えて、免れることはできない」と述べた。つまり、彼女は、家父長制をとがめることは不必要だと捉えている。

5.3.アクティブ・ミュージアム(女たちの戦争と平和資料館)の渡辺美奈氏は、同ミュージアムが慰安所の分布地図を作ったことに触れ、「それに関していうと、140ヵ所以上という、ある意味、信頼性の高い数字が出るんです。そういうところに関しては、数を言います」と述べた。もし20万人の慰安婦、あるいは吉見氏が2カ所で述べた3万人とか5万人の慰安婦がいたとすると、1ヵ所の慰安所には、1,400人、200人、又は350人にもなる慰安婦がいたことになる。先に触れた領事館報告書が残している数字とはかけ離れたものだ。それらの報告書によると、慰安所は基本的に家族経営だった。3つまり、朝鮮人家族が朝鮮人慰安婦を雇い、慰安所を運営していた。

6.デザキ氏は、ロンドンでの映画上映後、報道関係者に対し、「歴史修正主義者のほとんどが歴史学者ではありません。私が見るところでは、99.99%の歴史学者は、こうした女性たちが性の奴隷であったと考えていると思います」と述べた。2ところが映画に登場する当の歴史学者は事実を重視していない。朴教授だけは、「もっとも、(慰安)というシステムが、根本的には女性の人権にかかわる問題であって、犯罪的なのは確かだ。しかし、それはあくまでも〈犯罪的〉であって、法律で禁じられた〈犯罪〉ではなかった」と述べている。4

7.結論

映画『主戦場』はデザキ氏がゲーム感覚で作ったものだと言わざるを得ない。彼は慰安婦問題の焦点とされる事柄だけを列挙し、強調したに過ぎない。だから歴史的事実を重視しなかった。したがって彼は改革論者の衣をかぶっているだけだ。

デザキ氏は日本の名誉を傷つけるために映画という媒体を利用した。しかし彼は、なぜ日本に対し敵意を抱いているのかを明らかにしていない。

この映画は、デザキ氏を慰安婦問題解決のために努力を惜しまない研究者ではなく、資本主義を志向するインターネット世代の代表として登場させている。彼はマスコミの脚光を浴びるために手っ取り早い方法を選んだのだ。

デザキ氏がこの映画製作に打ち込んだことは不幸だとしか言えない。世界を股に掛ける映画興行を長く続ければ続けるほど、彼は自ら人格形成を妨げている。彼は、1990年代からの自称元慰安婦とされる韓国女性と同じ轍を踏んでいる。彼女たちは一見真っ当に思われる社会的大義をオウムのように繰り返すことで、マスコミの偶像となってしまった。その結果、彼女たちは個性を失うだけでなく、誰もが享受できる生活の楽しさを失った。

デザキ氏が正論推進者になる日が来るかもしれないが、いつになるかは分からない。

8.補足

8.1.誤解を与える電子メールの送付

2016年5月、デザキ氏は正論推進者8人を取材するために電子メールを送付した。彼は上智大学大学院生として取り組んでいる課題を説明し、ビデオ撮影による面談を要請した。山本優美子女史に送付したメールは以下のとおりだ。5

< 慰安婦問題をリサーチするにつれ、欧米のリベラルなメディアで読む情報よりも、問題は複雑であるということが分かりました。

慰安婦の強制に関する証拠が欠落していることや、慰安婦の状況が一部の活動家や専門家が主張するほど悪くはなかったことを知りました。私は欧米メディアの情報を信じていたと認めざるを得ませんが、現在は、疑問を抱いています。

大学院生として、私には、インタビューさせて頂く方々を、尊敬と公平さをもって紹介する倫理的義務があります。また、これは学術研究でもあるため、一定の学術的基準と許容点を満たさなければならず、偏ったジャーナリズム的なものになることはありません。

以上の理由から、私のインタビューへのご協力頂くことをご検討いただけませんでしょうか。お返事頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。

出崎幹根 >

8.2.デザキ氏に対する提訴

デザキ氏がビデオ面談をしたのは、櫻井よしこ氏、ケント・ギルバート氏、杉田水脈氏、トニー・マラーノ氏、加瀬英明氏、山本優美子氏、藤岡信勝氏と加瀬俊一氏だ。彼のドキュメンタリーは2019年4月に商業映画として公開されたが、その時まで、彼ら8人は大学院での学術研究だと信じていた。同年4月30日、彼らは、「面談の映像が商業映画として公開されることには明白に同意していないので、公開は中止するべきだ」という抗議文を彼に送付した。ところが彼はそれを拒否した。8人のうちの5人は、2019年6月19日、映画の上映差し止めと、1,460万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提出した。

8.3.大学院でデザキ氏を担当した中野教授

8.3.1.5人の原告は、デザキ氏の大学院での研究と中野晃一教授による指導が適正だったかどうかを問いただす内容証明郵便を2019年8月28日付で上智大学に送付した。6
原告が同文書で求めたのは、大学当局が(1)デザキ氏の研究についての調査を実施し、(2)デザキ氏と中野教授による不正行為を追及するためだ。原告は、同大学の「人を対象とする研究」に関するガイドライン第5(2)カを根拠とし、「研究者対象者が同意を撤回したときは、速やかにその情報やデータを廃棄しなければならない」という規定を援用するべきだと主張した。

8.3.2.同要請に基づき、大学当局は5人を委員とする調査委員会を設置した。これに対し、原告は同委員会の構成が不当だと主張し、さらに被告発者に中野教授が含まれていないことに疑義を呈した。大学当局はこの指摘を受け入れ、委員会構成員を交代させ、中野教授を被告発者に含めた。

8.3.3.2020年1月15日、同大学は藤岡氏に対し要請文を送付した。その中で嘩道佳明学長は藤岡氏に対し、調査委員会の手続きが進行している中で、個人のフェイスブックを媒体とし、第三者に調査過程について開示することを慎んでいただきたいと再度要請した。学長は、公平公正な調査に支障をきたすと苦言を呈した。

8.3.4.学長の要請は一般的な状況の下でなら妥当なものだ。ここで問題となるのは、調査委員会による調査が進行中にもかかわらず、デザキ氏が国外で映画上映を続けていることだ。実情を見ると、彼は2019年9月以降12月まで、欧州や米国にある34の大学などで映画を上映し、2020年になってからも2月から3月にかけ、19の大学などで映画を上映し、彼自身が現地に赴いている。藤岡氏に対する学長の苦言と学長のデザキ氏による上映許容には整合性がない。

8.3.5.補足だが、中野教授は志位和夫日本共産党委員長と何度か対談していて、その対談は、2016年1月1日付け、2020年1月1日付け、及び同年2月22日付け共産党機関紙『赤旗』に掲載されている。6

9.尚、5人の原告が起こした訴訟について、デザキ氏は、「結論が出るまで、1年、あるいは10年ぐらいかかるかもしれません」と述べている。さらに、「アメリカではこういう訴訟は、スラップ(SLAPP)訴訟(注:提訴することによって被告を恫喝することを目的とした訴訟)と言われています。これは、基本的には表現の自由を抑制するものです」と批判している。2

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参考文献

1. 主戦場. https://ja.wikipedia.org/wiki 2019年12月17日閲覧

2. 小林恭子. (2019/11/19 (Tue) 23:48) 慰安婦問題に迫る映画「主戦場」
英エセックス大学の上映会でデザキ監督が語ったことは. YAHOO News Japan, 2020年3月3日閲覧

3. Miyamoto, Archie. (2017). Wartime Military Records on Comfort Women. 2d Edition. Amazon Fulfillment, pp. 37-39

4. 朴裕河. (2014). “帝国の慰安婦”. 朝日新聞出版, pp. 201-202

5. なでしこアクションホームページ, 映画主戦場大学院生の正体は左派のプロパガンダ映画. 2019年9月16日掲載

6. 詐欺映画「主戦場」を糾弾するシンポジウム(第2弾)基調報告 於:憲政記念館 2020年2月27日.

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