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国連強制失踪委は本気で日本に勧告したのか?

英語/English

2020年4月
長尾秀美(元在日米海軍司令部渉外報道専門官、小説家、ノンフィクション作家)

 国連強制失踪委は本気で日本に勧告したのか?

1.皆さんは、2018年11月19日に国連強制失踪委員会が日本に対して提示した勧告(CED/C/JPN/CO/1)のことを覚えておられるでしょうか。

2.なでしこアクションの2018年11月21日付けホームページには以下の書き込みがあります。

「委員会に慰安婦問題を持ち込んだのは、日弁連女たちの戦争と平和資料館(WAM)、挺身隊問題対策協議会(*現在の正義連)です。この3団体が委員会に事前に慰安婦問題についてNGO意見書を出していました。これらのNGOの意見書や委員会への働きかけで今回の勧告になったと思われます。」

3.2018年7月12日付け意見書は慰安婦問題に関し、以下の提言をしています。

(1)公的な職にある者や指導的立場にある者が,「慰安婦」に対して行われた侵害に対する締約国の責任に関して軽率な発言をやめることを,確実にすべきである。

(2) 2015年12月の日韓合意の発表に対し,女性差別撤廃委員会が「被害者中心のアプローチを十分に取らなかったこと」を遺憾とし,「被害者の救済への権利を認め,補償,満足,公的謝罪,リハビリテーションのための措置を含む十分かつ効果的な救済及び賠償を提供すること」と勧告した総括所見を謙虚に受け止め,締約国は,被害者の思いに配慮しながら,誠実にこの問題に取り組むべきである。

4.最終的に強制失踪委員会が採択した勧告のうち慰安婦問題に関する事項は第25-26段落で、第26段落には以下のように書いてあります。

(b)事案発生時から経過した時間にかかわらず、又、正式な申し立てがなされていないとしても、それらの女性から産まれた児童の奪取を含め、強制失踪の対象とされた可能性のあるいわゆる「慰安婦」すべての事案が、徹底的かつ公平に遅滞なく調査されることを確保すること。

(c)容疑者が訴追され、かつ有罪と判断される場合、その行為の重大性に従って、処罰されることを確保すること。

5.この勧告は、強制失踪防止条約(強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約)に基づいています。同条約は2006年12月20日の第61回国連総会で採択され、2010年12月23日に発効しました。日本は当初から同条約に加盟していますが、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドなどは加盟していません。もちろん中国、ロシア、北朝鮮、韓国、イランも加盟していません。

6.そもそも、同条約に加盟していない韓国の正義連が提出者の一員として名を連ねているのは不合理だと思いませんか。「私たちは条約に拘束されないけれど、あなたたちは条約に加盟しているのだから、勧告を実行しなさい」と言っているのです。

7.それはともかく、日本政府が「徹底的な調査」をし、「加害者の厳重処罰」をすることになれば、非常に面倒なことが韓国と日本の間で表面化します。その度合いは韓国側の方がより大きいのです。

7.1.2017年、アーチ―・ミヤモト元米陸軍中佐(Archie Miyamoto)は 『Wartime Military Records on Comfort Women』(仮訳:慰安婦に関する戦時軍事記録)をアマゾンから出版しています。彼は外務省が保存している領事館報告書を読み、以下のように書いています(37-39ページ)。(注:筆者による翻訳)

(1) これらの報告書は、中国の各都市にいた朝鮮人や台湾人を日本人の同胞として記述している。さらに多くの慰安所が朝鮮人によって経営されていたことを具体的に証明している。この事実は朝鮮や日本ではあまり知られていない。

(2) 朝鮮人はいろいろな職業に従事していて、慰安所経営はその一つに過ぎなかった。慰安所は軍隊や軍属によって経営されてはいなかった。売春は合法で、慰安所経営も合法的職業だった。彼らの職業は写真屋、小売業、食堂、運輸業、貿易、薬屋など多岐にわたっていた。

(3)  慰安所を経営した朝鮮人は、多くの場合、女や子供を連れて来ていた。つまり家族単位で慰安所を経営していた。これは日本陸軍に所属する単身赴任や独身の男が経営していなかったことを証明する。日本人が経営する慰安所についても業態は同じだった。

(4) すべての報告書が、日本人が経営する慰安所には日本人慰安婦がいて、朝鮮人が経営する慰安所には朝鮮人慰安婦がいたと記述している。日本人経営者が朝鮮人慰安婦を雇ったという報告書は皆無だ。異なる時期に書かれた同じ町に関する報告書も多々あるが、記述に違いは見られない。

7.2.ミヤモト氏はその具体例として、中国本土3カ所に関する以下の報告書を抜き出しています。

(1) 九江、領事館報告書第561号、1938年11月8日
日本人職業

慰安所 15軒
日本人経営者 男42名、女25名、子女1名
日本人慰安婦 107名

朝鮮人職業

慰安所 9軒
朝鮮人経営者 男26名、女8名、子女3名
朝鮮人慰安婦 143名

(2) 南昌、領事館報告書第217号、1939年8月9日
日本人職業

慰安所 3軒
日本人経営者 男5名、女3名
日本人慰安婦 8名

朝鮮人職業

慰安所 8軒
朝鮮人経営者 男19名、女9名
朝鮮人慰安婦 94名

(3) 巣湖、領事館報告書第170号、1939年8月2日
日本人職業

慰安所 4軒
日本人経営者及び日本人慰安婦 男10名、女31名、子女2名

朝鮮人職業

慰安所 2軒
朝鮮人経営者及び朝鮮人慰安婦 男2名、女30名、子女1名

7.3.上記報告書によれば、64名内外の朝鮮人経営者およびその家族が19軒の慰安所で260名ほどの朝鮮人慰安婦を雇っていたことになります。その260名の慰安婦のうち何名かが強制失踪の被害者だったとすれば、処罰しなければならない「加害者」とは誰になるのでしょうか。日本政府が今になって彼らを訴追・処罰できるのでしょうか。韓国政府は日本政府と協力し、正義を追及できるのでしょうか。

8.1998年のマクドゥーガル報告書は、「軍と政府の両方が直接アジア中のレイプセンターの設立に関わり、20万人以上のアジア女性を強制的に性奴隷にし、その多くが11〜20歳であり、彼女たちは毎日数回強制的にレイプされ、厳しい肉体的虐待にさらされ、性病をうつすなどの虐待を受け、生き延びたのは25%だった。日本軍は慰安婦を確保するために暴力や誘拐や強制や欺罔という手段を駆使した」と書いています。

9.韓国が主張するように20万人の朝鮮人女性が強制されて慰安婦となっていたならば、そしてその25%となる5万人しか戦中を生き延びなかったとすれば、残りの15万人が失踪したことになります。その失踪原因(病気、虐待による殺人、逃亡)が何であれ、彼女たちを管理していたのは朝鮮人経営者だったはずです。朴裕河教授は著書『帝国の慰安婦』113ページで、「慰安婦たちの身体に残る傷は、単に軍人によるものだけではない。監禁、強制労働、暴行による心身の傷を作ったのは業者たちでもあった」と述べています。彼女が触れている業者とは悪質な慰安所経営者のことです。

10.補足ですが、台湾の台北市内(現在の万華区)にあった遊郭について、橋谷弘教授は著書『帝国日本と植民地都市』96ページで以下のように記述しています。日本人や台湾人が下記3軒の妓楼を運営していたとは想像できません。

「1940年には妓楼が25軒あって、220人の娼妓を置いて営業していた。興味深いのは、娼妓のなかに朝鮮人が2割、42人も含まれていたことである。その具体的な背景はわからないが、妓楼のなかに朝鮮楼、新朝鮮楼、半島楼などの名前がみえる。」

11.意見書を受け取った国連強制失踪委員会は、本気で日本に加害者を処罰させようとしたのでしょうか。韓国がまだ条約加盟国でないことを知った上で勧告を採択したのでしょうか。

12.なお、ここでは強制失踪防止条約第35条と国連強制失踪委員会の勧告に対する疑義(意図的な解釈)については触れません。第35条の規定を常識的に解釈すれば、同委員会の勧告がこじつけでしかないと判断されるでしょう。

第1項 委員会は、この条約の効力発生後に開始された強制失踪についてのみ権限を有する。

第2項 この条約の効力発生後にいずれかの国が締約国となる場合には、委員会に対して当該国が負う義務は、この条約が当該国について効力を生じた後に開始された強制失踪に関するものに限る。

13.最後になりますが、朝鮮戦争中に韓国軍慰安所で働き、第五補給品や洋公主と呼ばれた韓国人女性や、ベトナム戦争中に韓国軍慰安所で働いたベトナム人女性が誰一人失踪しなかったことを願っています。なお、崔吉城教授は著書『朝鮮戦争で生まれた米軍慰安婦の真実』46-86ページで、自らの戦争体験を語り、「中国人民解放軍兵士は地元女性を強姦しなかったが、国連軍兵士は慰安所が設置されるまで地元女性を強姦した」と書いています。

2020年4月6日、エリザベス2世英国女王は、コロナウィルスに立ち向かう国民に対し、次のように述べています。
「私たちが何者かという誇りは、過去の一部ではなく、現在と将来を決める」

Did CED give serious thought to its recommendations to Japan?

日本語訳/Japanese

April, 2020
Hidemi Nagao ( Former Civil and Media Liaison Officer of the Commander U.S. Naval Forces, Japan, Novelist and Non-fiction Writer )

Did CED give serious thought to its recommendations to Japan?

1. Do the readers still remember conclusive observations the UN Committee on Enforced Disappearances (CED) presented to Japan on November 19, 2018? It is documented as CED/C/JPN/CO/1.

2.  Nadeshiko Action homepage posted them on November 21, 2018 with the following additional information.

“It is the Japan Federation of Bar Associations (JFBA), the Women’s Active Museum of War and Peace (WAM), and the Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan that tabled the comfort women issue to the committee. CED is believed to have made conclusive observations in response to an opinion brief the three organizations jointly submitted.”

3.  The brief dated July 12, 2018 contained the following recommendations regarding the comfort women issue.

“(1) The State party (*Japan) should ensure that public officials and leaders will desist from making thoughtless remarks regarding responsibility of the Government of Japan for violations committed against ‘comfort women.

(2) The State party should humbly face the conclusive observations of the Committee on the Elimination of Discrimination against Women in which the Committee regrets that the announcement of the bilateral agreement with the Republic of Korea in December 2015 ‘did not fully adopt a victim-centered approach’ and urges to recognize ‘the right of the victims to a remedy, and accordingly provide full and effective redress and reparation, including compensation, satisfaction, official apologies and rehabilitative services,’ and work on this issue faithfully with consideration given to the feelings of the victims.”

4.  The finalized CED recommendations to Japan deal with the comfort women issue in paragraphs 25- 26. Paragraph 26 states, in part, as follows.

“(b) Ensure that all cases of so-called “comfort women” who may have been subjected to enforced disappearance, including removal of children born to these women, are investigated thoroughly and impartially without delay, regardless of the time that has elapsed since they took place and even if there has been no formal complaints;

(c) Ensure that the alleged perpetrators are prosecuted and, if found guilty, punished in accordance with the gravity of their acts;”

5.  The recommendations are based on the International Convention for the Protection of All Persons from Enforced Disappearance which was adopted at the 61st United Nations General Assembly on December 20, 2006. The convention took effect from December 23, 2010. Japan acceded to the convention since its onset. The United States, Britain, Australia, Canada, New Zealand as well as China, Russia, North Korea, South Korea, or Iran has not.

6.  It is unreasonable, in the first place, for the Korean Council to be cited as one of the report originators, isn’t it?  For, South Korea is not yet a signatory country to the convention. It is like saying, “We are not bound by the convention. But you must execute what the committee recommends because you are supposed to uphold it.”

7.  If the Japanese government sincerely commits itself to execute the recommendations above, i.e., to reveal facts and prosecute and punish the perpetrators, something extremely troublesome would come to the fore between South Korea and Japan; more so for the former than for the latter.

7.1.  Lt. Col. Archie Miyamoto (U.S. Army Retired) published in 2017 “Wartime Military Records on Comfort Women,” 2d Edition, from Amazon Fulfillment. After having read Japanese Foreign Ministry documents (consul general reports), he gives the following comments (pp. 37-39).

“(1) These reports provide concrete evidence many comfort stations were operated by Koreans, a fact not widely known outside Korea and Japan.

(2) They (*comfort stations) were not operated by the military or by military employees. Prostitution was legal and operating a brothel was not considered an illegal activity. Types of business operated by Koreans, in addition to comfort stations, include photo shops, retails stores, restaurants, transportation business, trading companies, …, and hotels.

(3) Korean operators of special comfort stations in many cases had women and children, in other words, families. This is evidence that they were not single men who were part of the Japanese Army. The same applied to Japanese operated comfort stations.

(4) In all reports, special comfort stations operated by Japanese had Japanese comfort women, and those operated by Koreans had Korean comfort women. There is not a single report that lists any Korean comfort women in a Japanese operated comfort station. There were many reports on the same city at different time but showed no significant changes.”

7.2.  Miyamoto cited three reports dispatched to the ministry from consul generals stationed in China as examples of the Japanese comfort women employed by the Japanese and the Korean comfort women employed by the Koreans:

(1) Jiujiang, Central China, Consulate Report No. 561, 11/8/38.
Japanese Operated Businesses:

Special Comfort Stations      15
Japanese operators               42 men, 25 women, 1 child
Japanese Comfort Women   107

Korean Operated Businesses:

Special Comfort Stations      9
Korean Operators                   26 men, 8 women, 3 children
Korean Comfort Women       143

(2) Nanchang, Central China, Consulate Report No. 217, dated August 9, 1929.
Japanese Operated Businesses:

Japanese Comfort Stations  3
Japanese Operators               5 men, 3 women
Japanese Comfort Women   8

Korean Operated Businesses:

Korean Comfort Stations      8
Korean Operators                   19 men, 9 women
Korean Comfort Women       94

(3) Chiaohu, Central China, Consulate Report No. 170, dated August 2, 1939.
Japanese Operated Businesses:

Japanese Comfort Stations  4
Japanese Operators and Japanese Comfort Women 10 men, 31 women, 2 Children

Korean Operated Businesses:

Korean Comfort Stations      2
Korean Operators/comfort    2 men, 30 women, 1 child

7.3.  The records above show 64 or so Korean operators and their families ran 19 Korean comfort stations with more than 260 Korean comfort women in three cities. If some of the Korean women were victims of the enforced disappearance, who should be the perpetrators of it? Can the Japanese government duly prosecute and punish them? Can South Korea cooperate with Japan to bring justice?

8. The McDougall Report of 1998 states, “Between 1932 and the end of the Second World War, the Japanese Government and the Japanese Imperial Army forced over 200,000 women into sexual slavery in rape centres throughout Asia. … The majority of those ‘comfort women’ were from Korea, …. It is now clear that both the Japanese Government and military were directly involved in the establishment of rape centres throughout Asia during the Second World War. The women who were enslaved by the Japanese military in these centres – many of whom were between the ages of 11 and 20 – were housed in locations throughout Japanese-controlled Asia, where they were forcibly raped multiple times on a daily basis and subjected to severe physical abuse and exposed to sexually transmitted diseases. Only about 25 per cent of these women are said to have survived these daily abuses. To obtain these “comfort women,” the Japanese military employed physical violence, kidnapping, coercion and deception.”

9.  Had there been 200,000 Korean women who were forced to become comfort women, and had only 50,000 women, 25% of them, survived the ordeal until the end of the war as South Korea alleges, 150,000 of them would have disappeared in the meantime. Whatever the causes of their disappearance may have been, i.e., fatal illness, murder by torture, running away from the house, it was the Korean house masters who employed the Korean comfort women. Professor Park Yu-ha who authored “Comfort Women of the Empire” says, “The psychological and physical scar those women have borne is not solely attributable to the violence the troops inflicted upon them. It was the house masters who were also to be blamed for confinement, forced labor, and violence imposed upon the women (p. 113).”

10. This is a supplemental note. Professor Hiroshi Hashiya who authored “Teikoku Nihon to Shokuminchi Toshi” [Imperial Japan and colonized cities] (author translation) in 2004 mentioned brothels in Taipei as follows (p. 95). It is hard to believe Japanese or Taiwanese house masters ran the three Korean brothels mentioned below.

“When Taiwan was ceded to Japan by China, there were no brothels inside the Taipei City Walls. The Japanese began to arrive in Taipei and went to the Wanhua District where local brothels were. Since then, Wanhua became a center of brothels in the region. 1940 saw 25 brothels with 220 Shogi. Among them were 42 Koreans, 20% of the prostitutes in the district. Though its background is unknown, their names were Joseon (*Korean) House, New Joseon House, and Peninsula House.”

11.  I loudly wonder if the CED committee that received an opinion brief seriously wanted to make Japan commit herself to punish the perpetrators. I also wonder if the committee adopted the conclusive observations, being fully aware that South Korea was not yet a member state to the convention.

12.  I will not mention herein the propriety of the conclusive observations regarding the statute of limitation because it requires more space. A layman would understand Article 35 of the convention as it states. Then, you may reasonably conclude that the conclusive observations seem like a stretch because the article states as follows.

“Paragraph 1. The Committee shall have competence solely in respect of enforced disappearances which commenced after the entry into force of this Convention.

Paragraph 2. If a State becomes a party to this Convention after its entry into force, the obligations of that State vis-à-vis the Committee shall relate only to enforced disappearances which commenced after the entry into force of this Convention for the State concerned.”

13. Lastly, I hope no Korean comfort women—who were called the fifth logistic items or western princesses—had gone missing during the Korean War and no Vietnamese comfort women—who worked at South Korean comfort stations—had gone missing during the Vietnam War. By the way, Professor Choe Kilsung, who authored “Chosen Senso de Umareta Beigun Ianfu no Shinjitsu” [Truth on the birth of comfort women for the U.S. military during the Korean War] (author translation) in 2018, wrote that he had personally experienced the Korean War in his village and that the Chinese People’s Liberation Army troops had not raped local women whereas the United Nations Command troops had raped women till the comfort stations were established in the village (pp. 47-86).

“The pride in who we are is not a part of our past, it defines our present and our future,” said Queen Elizabeth II on April 6, 2020 when she addressed the nation.

映画『主戦場』について

原文(英語)/Original(English)

2020年3月
長尾秀美(元在日米海軍司令部渉外報道専門官、小説家、ノンフィクション作家)

映画『主戦場』について

1.この映画はドキュメンタリーとして作成され、字幕は英語、日本語、韓国語版がある。デザキ・ミキ氏が演出・監督した映画は2019年4月20日から公開されている。1
英語版の題名が示すとおり「慰安婦問題」を扱っているけれど、この映画は重要問題として他の事柄も扱っている。

2.この映画の観客は以下の3種類に分けられる。

(1)これまで自称元慰安婦に同情してきた人たちは、映画が期待どおりの出来栄えだと喜ぶだろう。

(2)自称元慰安婦の主張を疑わしいと考えてきた人たちは、映画が事実をないがしろにしているとガッカリするだろう。

(3)これまで慰安婦問題に関心を寄せていなかった人たちは、映画に見え隠れする政治的意図のせいで、日本が世界にとって脅威となると確信するだろう。

3.この映画は韓国側の主張に反対する知識人に焦点を当てている。デザキ氏は悪意をもって彼らを否定主義者、修正主義者、右派だと決めつけて非難する(以下では彼らを正論推進者と呼ぶ)。そして彼は安倍晋三首相を許しがたい政治家だと断定する。

4.映画作成に際し、デザキ氏が用いた手法には大きな疑問符がつく。なぜなら彼は、

4.1.非難する目的で、正論推進者を選んで面談したからだ。

4.2.以下に掲げる韓国側の主張に対し、合理的にかつ真剣に検討しようとしなかったからだ。

4.2.1.日本軍および日本政府が慰安婦を強制連行したことについては、吉田清治に関する引用を控え目にし、千田夏光に関しては引用せずに議論をしている。彼らの著作や陳述は、慰安婦問題全体像のごく一部にしか過ぎないものとして扱われている。理解しがたいのは、デザキ氏が吉田清治の映像を出していることだ。というのは、吉田こそ同問題に火を付けた張本人だからだ。その事実は笑いごとではない。

4.2.2.朝鮮人慰安婦20万人の存在は、人権侵害こそ論点だという主張のもとに、いくつかある見解の一つに過ぎないとしている。

4.2.3.兵士を性的に接待した慰安婦は広義の意味で性奴隷状態だったとし、性奴隷と売春婦との違いを定義せずに強調している。

4.2.4.慰安婦が戦地においてどんな自由を享受していたとしても、それは性奴隷制度の犠牲者だったという理解をさまたげるものとしてほぼ無視している。

4.3.聴衆に対し、河野談話を日本政府が過去の過ちを認めたものだと決めつけ、その内容自体や背景を精査していないからだ。

4.4.国際社会における日本の名誉を貶めるために、日本と安倍総理が慰安婦問題を矮小化し、軍国主義や国家主義や神道を推進しているのだと強く非難しているからだ。

4.5.デザキ氏はどのような手段で正論推進者との面談をビデオ撮影したかを明らかにしていないからだ。ロンドンでの映画上映後、彼は報道関係者にその背景を少しほのめかしてはいる。2

4.6.デザキ氏は朴裕河女史の『帝国の慰安婦』を正当に評価していないからだ。

4.7.デザキ氏は、慰安婦問題が人権侵害だということを強調するために、慰安婦は中国人女性20万人を含め、合計40万人いたとする上海師範大学の蘇智良教授の主張に触れていないからだ。

4.8.スマラン慰安所事件に関し、デザキ氏はバタビア軍事法廷での裁判記録を精査することなく、吉見義明氏の説明を鵜呑みにしているからだ。日本でもアメリカでも裁判において冤罪事例はあった。

4.9.朝鮮戦争やベトナム戦争時代、韓国軍が慰安婦を利用したことについては、聴衆が関心を示さないようにするため、その話題を最小限にしているからだ。

5.その一方、映画の意図とは異なる意見がいくつか出されている。

5.1.戸塚悦朗氏は、「その(*騙したりという)犯罪があったわけでしょ。業者にしてもね。そうすると、その犯罪に対応して、きちんとその業者を捜査して、それで処罰しなきゃいけない。それをやっていなかった」と述べた。当時、朝鮮人慰安婦を斡旋したのは朝鮮人業者で、日本人慰安婦を斡旋したのは日本人業者だった。日本領事館が作成した多くの報告書によると、朝鮮人慰安婦を雇用し、慰安所を経営していたのは朝鮮人だった。3
したがって戸塚氏が意図したのかどうかは不明だが、日本がそういう業者などを処罰することになれば、火に油を注ぐことになる。

5.2.正義連(旧挺対協)の尹美香氏は、「韓国の責任についていえば、韓国の家父長制に対する責任を追及し、訴え続けてきた人たちこそが、挺対協を作り上げた人たちであり、…。そのような(*慰安婦制度という)巨大な強姦制度を作り上げたのは、日本政府であることで、日本政府の責任は、韓国の家父長制や連合国の責任を超えて、免れることはできない」と述べた。つまり、彼女は、家父長制をとがめることは不必要だと捉えている。

5.3.アクティブ・ミュージアム(女たちの戦争と平和資料館)の渡辺美奈氏は、同ミュージアムが慰安所の分布地図を作ったことに触れ、「それに関していうと、140ヵ所以上という、ある意味、信頼性の高い数字が出るんです。そういうところに関しては、数を言います」と述べた。もし20万人の慰安婦、あるいは吉見氏が2カ所で述べた3万人とか5万人の慰安婦がいたとすると、1ヵ所の慰安所には、1,400人、200人、又は350人にもなる慰安婦がいたことになる。先に触れた領事館報告書が残している数字とはかけ離れたものだ。それらの報告書によると、慰安所は基本的に家族経営だった。3つまり、朝鮮人家族が朝鮮人慰安婦を雇い、慰安所を運営していた。

6.デザキ氏は、ロンドンでの映画上映後、報道関係者に対し、「歴史修正主義者のほとんどが歴史学者ではありません。私が見るところでは、99.99%の歴史学者は、こうした女性たちが性の奴隷であったと考えていると思います」と述べた。2ところが映画に登場する当の歴史学者は事実を重視していない。朴教授だけは、「もっとも、(慰安)というシステムが、根本的には女性の人権にかかわる問題であって、犯罪的なのは確かだ。しかし、それはあくまでも〈犯罪的〉であって、法律で禁じられた〈犯罪〉ではなかった」と述べている。4

7.結論

映画『主戦場』はデザキ氏がゲーム感覚で作ったものだと言わざるを得ない。彼は慰安婦問題の焦点とされる事柄だけを列挙し、強調したに過ぎない。だから歴史的事実を重視しなかった。したがって彼は改革論者の衣をかぶっているだけだ。

デザキ氏は日本の名誉を傷つけるために映画という媒体を利用した。しかし彼は、なぜ日本に対し敵意を抱いているのかを明らかにしていない。

この映画は、デザキ氏を慰安婦問題解決のために努力を惜しまない研究者ではなく、資本主義を志向するインターネット世代の代表として登場させている。彼はマスコミの脚光を浴びるために手っ取り早い方法を選んだのだ。

デザキ氏がこの映画製作に打ち込んだことは不幸だとしか言えない。世界を股に掛ける映画興行を長く続ければ続けるほど、彼は自ら人格形成を妨げている。彼は、1990年代からの自称元慰安婦とされる韓国女性と同じ轍を踏んでいる。彼女たちは一見真っ当に思われる社会的大義をオウムのように繰り返すことで、マスコミの偶像となってしまった。その結果、彼女たちは個性を失うだけでなく、誰もが享受できる生活の楽しさを失った。

デザキ氏が正論推進者になる日が来るかもしれないが、いつになるかは分からない。

8.補足

8.1.誤解を与える電子メールの送付

2016年5月、デザキ氏は正論推進者8人を取材するために電子メールを送付した。彼は上智大学大学院生として取り組んでいる課題を説明し、ビデオ撮影による面談を要請した。山本優美子女史に送付したメールは以下のとおりだ。5

< 慰安婦問題をリサーチするにつれ、欧米のリベラルなメディアで読む情報よりも、問題は複雑であるということが分かりました。

慰安婦の強制に関する証拠が欠落していることや、慰安婦の状況が一部の活動家や専門家が主張するほど悪くはなかったことを知りました。私は欧米メディアの情報を信じていたと認めざるを得ませんが、現在は、疑問を抱いています。

大学院生として、私には、インタビューさせて頂く方々を、尊敬と公平さをもって紹介する倫理的義務があります。また、これは学術研究でもあるため、一定の学術的基準と許容点を満たさなければならず、偏ったジャーナリズム的なものになることはありません。

以上の理由から、私のインタビューへのご協力頂くことをご検討いただけませんでしょうか。お返事頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。

出崎幹根 >

8.2.デザキ氏に対する提訴

デザキ氏がビデオ面談をしたのは、櫻井よしこ氏、ケント・ギルバート氏、杉田水脈氏、トニー・マラーノ氏、加瀬英明氏、山本優美子氏、藤岡信勝氏と加瀬俊一氏だ。彼のドキュメンタリーは2019年4月に商業映画として公開されたが、その時まで、彼ら8人は大学院での学術研究だと信じていた。同年4月30日、彼らは、「面談の映像が商業映画として公開されることには明白に同意していないので、公開は中止するべきだ」という抗議文を彼に送付した。ところが彼はそれを拒否した。8人のうちの5人は、2019年6月19日、映画の上映差し止めと、1,460万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提出した。

8.3.大学院でデザキ氏を担当した中野教授

8.3.1.5人の原告は、デザキ氏の大学院での研究と中野晃一教授による指導が適正だったかどうかを問いただす内容証明郵便を2019年8月28日付で上智大学に送付した。6
原告が同文書で求めたのは、大学当局が(1)デザキ氏の研究についての調査を実施し、(2)デザキ氏と中野教授による不正行為を追及するためだ。原告は、同大学の「人を対象とする研究」に関するガイドライン第5(2)カを根拠とし、「研究者対象者が同意を撤回したときは、速やかにその情報やデータを廃棄しなければならない」という規定を援用するべきだと主張した。

8.3.2.同要請に基づき、大学当局は5人を委員とする調査委員会を設置した。これに対し、原告は同委員会の構成が不当だと主張し、さらに被告発者に中野教授が含まれていないことに疑義を呈した。大学当局はこの指摘を受け入れ、委員会構成員を交代させ、中野教授を被告発者に含めた。

8.3.3.2020年1月15日、同大学は藤岡氏に対し要請文を送付した。その中で嘩道佳明学長は藤岡氏に対し、調査委員会の手続きが進行している中で、個人のフェイスブックを媒体とし、第三者に調査過程について開示することを慎んでいただきたいと再度要請した。学長は、公平公正な調査に支障をきたすと苦言を呈した。

8.3.4.学長の要請は一般的な状況の下でなら妥当なものだ。ここで問題となるのは、調査委員会による調査が進行中にもかかわらず、デザキ氏が国外で映画上映を続けていることだ。実情を見ると、彼は2019年9月以降12月まで、欧州や米国にある34の大学などで映画を上映し、2020年になってからも2月から3月にかけ、19の大学などで映画を上映し、彼自身が現地に赴いている。藤岡氏に対する学長の苦言と学長のデザキ氏による上映許容には整合性がない。

8.3.5.補足だが、中野教授は志位和夫日本共産党委員長と何度か対談していて、その対談は、2016年1月1日付け、2020年1月1日付け、及び同年2月22日付け共産党機関紙『赤旗』に掲載されている。6

9.尚、5人の原告が起こした訴訟について、デザキ氏は、「結論が出るまで、1年、あるいは10年ぐらいかかるかもしれません」と述べている。さらに、「アメリカではこういう訴訟は、スラップ(SLAPP)訴訟(注:提訴することによって被告を恫喝することを目的とした訴訟)と言われています。これは、基本的には表現の自由を抑制するものです」と批判している。2

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参考文献

1. 主戦場. https://ja.wikipedia.org/wiki 2019年12月17日閲覧

2. 小林恭子. (2019/11/19 (Tue) 23:48) 慰安婦問題に迫る映画「主戦場」
英エセックス大学の上映会でデザキ監督が語ったことは. YAHOO News Japan, 2020年3月3日閲覧

3. Miyamoto, Archie. (2017). Wartime Military Records on Comfort Women. 2d Edition. Amazon Fulfillment, pp. 37-39

4. 朴裕河. (2014). “帝国の慰安婦”. 朝日新聞出版, pp. 201-202

5. なでしこアクションホームページ, 映画主戦場大学院生の正体は左派のプロパガンダ映画. 2019年9月16日掲載

6. 詐欺映画「主戦場」を糾弾するシンポジウム(第2弾)基調報告 於:憲政記念館 2020年2月27日.

Shusenjo— The Main Battleground of the Comfort Women Issue (film)

日本語訳/Japanese

March, 2020
Hidemi Nagao ( Former Civil and Media Liaison Officer of the Commander U.S. Naval Forces, Japan, Novelist and Non-fiction Writer )

Shusenjo— The Main Battleground of the Comfort Women Issue (film)

1.  Shusenjo is a documentary film which has three versions with subtitles in English, Japanese, and Korean. Miki Dezaki directed and produced it and publicly released it on April 20, 2019.1  As the English subtitle indicates, so the film does deal with the comfort women issue.  But it presents other matters as important issues, too.

2.   The audience of this film is divided into three categories: (1) Those people who have been sympathetic to the self-proclaimed comfort women will be happy because it presents what they want to see; (2) Those people who have been suspicious of their claims (allegations) will be disappointed because it ignores facts; and (3) Those people who have not been interested in the issue will become convinced of Japan’s threat to the world because of its political messages.

3.  The film focuses on the intellectuals who stand against the South Korean allegations. Dezaki maliciously labels them as denialists, revisionists, or rightists (*the neutrals hereinafter) and criticize them.  Then he highlights Prime Minister Shinzo Abe as an unforgiven politician.

4. Methods Dezaki employed for filmmaking are questionable because he chose,

4.1.  To interview the neutrals for the purpose of criticizing their views.

4.2.  Not to reasonably and seriously scrutinize the propriety of the South Korean allegations below.

(1) Forcible/coercive recruitment of the comfort women by the military and the Japanese government is argued without citing too much about Seiji Yoshida and none about Kako Senda. What they said and wrote is treated in the film as a very small portion of the big picture.  It is very hard to understand why Dezaki presented a video clip image of Yoshida.  For, it is Yoshida who set a fire on the comfort women issue.  This is no laughing matter.

(2) The existence of 200,000 Korean comfort women in warfront is handled as one of the views because it is the human rights violation that counts most.

(3) The fact that the comfort women—who provided sexual services for troops—were in a slavery condition in the broadest sense of the term is emphasized without defining the difference between sexual slaves and prostitutes.

(4) Whatever liberty the comfort women enjoyed in warfront is marginalized because it jeopardizes the understanding that they were victims of sexual slavery.

4.3. To impress the audience that the Kono Statement is proof that the Japanese government has acknowledged its wrongdoings in the past, without carefully analyzing the entire statement.

4.4. To bash Japan and Premier Abe for its/his orientation to slight the comfort women issue and to promote militarism, nationalism, and Shintoism, so that Japan’s prestige in the international community continues to be damaged.

4.5. Not to mention how Dezaki obtained videotape interviews with the neutrals. He partially hinted it during an after-the-show interview he gave to a journalist in London.2

4.6.  Not to properly appraise the book Professor Park Yu-ha wrote, “The Comfort Women of the Empire.”

4.7.  Not to mention the claim of Professor Su Zhiliang of the Shanghai Normal University that the number of comfort women to have been more than 400,000, including 200,000 Chinese women because Dezaki wants to emphasize the aspect of the human rights infringement for the issue.

4.8.  To believe what Yoshimi said about the Semarang Incident, without carefully reviewing the Batavia trial transcriptions.  There have been wrongful convictions not only in Japan but also in the U.S.

4.9.  To keep topics, to a minimum, of the Korean comfort women during the Korean War and the Vietnamese comfort women during the Vietnam War so that the audience cannot pay too much attention to the South Korean military use of comfort women.

5. A few aberrations noted in the film are as follows.

5.1.  Etsuro Totsuka says, “The government did not investigate illegal cases of recruiting women by some crooked agents.  It did not punish them.”  Conventional wisdom has it that Korean agents recruited Korean women while Japanese agents did Japanese women.  Quite a few Japanese consulate reports suggest that Korean house masters ran their comfort stations by employing Korean comfort women.3  Japan’s punishing those Korean agents would add fuel to the fire if it is what Totsuka meant.

5.2. Yun Mi-hyang of the Korean Council says, “South Korea is responsible for the issue to some extent.  That is why we, the Korean Council, has been blaming the patriarchy in Korea.  But the Japanese government exercised the gigantic rape system, which overrides the patriarchy in Korea.”  She does not consider it necessary to blame the Korean patriarchy.

5.3. Mina Watanabe of the Women’s Active Museum on War and Peace (WAM) says, “The number of comfort stations is more than 140,” after the WAM made a map of comfort stations.  If more than 140 comfort stations housed 200,000 comfort women (or 30,000 or more than 50,000 comfort women as Yoshimi mentioned in two occasions), at most 1,400 (or 200, or 350) women worked at each comfort station.  Those numbers are nowhere close to what Japanese consulate reports mentioned.  Those reports indicate running a comfort station was a family business.3  The management of a Korean comfort station was a Korean family business.

6. Dezaki said during an interview session after the film showing in London, “99.99% of historians consider the women were sexual slaves.”2 What he meant is the neutrals are not historians.  But his film does not support those historians weigh facts.  Professor Park wrote that the system of comforting was certainly ‘criminally chargeable’ but it was not a crime under law at the time.4

7.  Conclusion
Shusenjo is a superficial game Dezaki wanted to play.  He merely skimmed the cream of the comfort women issue.  That is why he did not heed to the importance of facts in history, which unequivocally proves he is a pseudo reformist.

The message Dezaki intended to deliver to the audience is to damage the prestige of Japan though he did not disclose any reason for his animosity against Japan.

The film pictures Dezaki not as a researcher who spares no effort to solve the issue but as a representative of the Internet generation with a capitalist mindset.  He sought quick returns to enter the spotlight.

It is unfortunate for Dezaki to have committed himself to the filmmaking.  The longer he continues the film tour, the more damage it would inflict upon his personality development.  He is repeating the history of the self-proclaimed comfort women in South Korea since 1990s: They have kept parroting a seemingly reasonable social cause to become the media icons and they lost personality and opportunities to enjoy real life the world has for them.

There may come a day when Dezaki enlightens himself to become one of the neutrals.

8. Supplementary notes

8.1. A misleading e-mail request for interview
Dezaki sent an e-mail request to eight claimants in 2016. He first explained them what he was doing was an academic research or a graduation work, or a graduation project as he was studying at the Jochi Graduate School (Sophia University). Then he asked for a videotaped interview. One of the e-mail sent to Yumiko Yamamoto was as follows (*translated from Japanese into English by Yamamoto).5

“In May 2016, I received an email “Subject: Interview request for a documentary from Mikine Dezaki, a Sophia University graduate student.”

< The mail was written in polite Japanese as follows:

I am a Japanese American. I am now a graduate student of Sophia University. Through my research on the comfort women issue, I have come to understand that the issue is much more complex than what I read in the western liberal media. I know that there is a severe lack of authenticated documentary evidence regarding forced recruitment of comfort women and that the conditions for the comfort women may not have been as bad as some activists and academics claim. I must admit that I did believe the western media at one point, but now, I have my doubts. As a graduate student, I have an ethical obligation to present the people I interview with respect and fairness. This is an academic research. It must meet certain academic standards and expectations, which would prevent it from becoming a biased journalistic piece. So, I will produce it with equitability and neutrality. I am going to submit it to the University as a graduation project.>

8.2. A lawsuit filed against Dezaki
Dezaki interviewed Yoshiko Sakurai, Kent Gilbert, Mio Sugita, Tony Marano, Hideaki Kase, Yumiko Yamamoto, Nobukatsu Fujioka, and Toshikazu Fujiki. All of them believed his documentary was a graduate study till the film was commercially released in April 2019. They issued a joint protest statement on May 30, 2019 and requested him not to show the film to the public because they did not explicitly agree to Dezaki’s intention of making the interviews as part of a commercial film. He refused it. Five of them filed a suit in the Tokyo District court on June 19, 2019 to terminate the film’s public showing and to claim for damages of 14.6 million yen.

8.3. Dezaki’s graduate school instructor, Professor Nakano

8.3.1. The five plaintiffs of the lawsuit questioned the administrative propriety of Dezaki’s graduate work and his instructor Professor Koichi Nakano’s supervision. They mailed a contents-certified mail to the Jochi University on August 28, 2019.6 They requested the university (1) to investigate the graduate work and (2) to admonish both Dezaki and Professor Nakano. The claimants cited the university’s guideline on researches which pertains to people who become subjects of a study/discussion. Its subparagraph 5(2)ka stipulates, “A researcher must expeditiously destroy information and data of a subject person when he/she withdraws his/her earlier consent to the research at issue.”

8.3.2. In response, the university established a five-member investigation panel. After the claimants questioned the impropriety of the panel composition and Nakano’s exclusion as one of the accused, the university changed two of the five members and included Nakano as the accused.

8.3.3. On January 15, 2020, the university mailed a letter of request to Fujioka. President Yoshiaki Terumichi requested Fujioka to refrain from disclosing to other people any matter related to the panel investigation. Terumichi was concerned about Fujioka’s use of Facebook as a venue to discuss the request and university responses. He said such an act would jeopardize the investigation proceedings.

8.3.4. The president’s letter of request seems to be reasonable under a normal circumstance. Problem is a fact that Dezaki has been promoting the film’s public showing in foreign countries while the panel investigation is in progress. In fact, he toured 34 colleges and universities in the U.S. and Europe since September to December 2019, and additional 19 colleges and universities in the U.S. and Canada from February to March 2020. The president’s warning to Fujioka and his allowing Dezaki’s tours are inconsistent.

8.3.5. For information, Nakano held talks with Chairman Kazuo Shii of the Japan Communist Party, which were printed in the Akahata, official daily of the party, on January 1, 2016, January 1 and February 22, 2020.6

9. As for the lawsuit filed against him, Dezaki said that it might take one year or even ten years before a judgment is given. He also said the lawsuit like that was called a strategic lawsuit against public participation (SLAPP) to suppress freedom of speech.2

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< Bibliography >

1. Shusenjo. Retrieved from https://ja.wikipedia.org/wiki on December 13, 2019.

2. Kobayashi, Ginko. (2019/11/19 (Tue) 23:48) Ianfu Mondai ni Semaru Eiga Shusenjo, Ei Essex Daigaku no Joeikai de Dezaki Kantoku ga Katatta Koto ha [What film director Dezaki said on his film Shusenjo to scrutinize the comfort women issue at a film screening at the University of Essex] (a/t). Retrieved from YAHOO News Japan on March 3, 2020

3. Miyammoto, Archie. (2017). Wartime Military Records on Comfort Women. 2d Edition. Amazon Fulfillment, pp. 37-39

4. Park Yu-ha. (2014). Teikoku no Ianfu [Comfort Women of the Empire]. Asahi Shimbun Publishing, pp. 201-202

5. Nadeshiko Action Homepage, Eiga Shusenjo Daigakuinsei no Shotai wa Saha no propaganda Eiga [Film Shusenjo, the film is a propaganda made by an undergraduate of the left wing] (a/t). Posted on September 16, 2019

6. The Second Symposium to Accuse the Deceitful Movie Shusenjo at Kensei Kinen-kan, Tokyo, on February 27, 2020.

「慰安婦問題―女性たちの反乱」長尾秀美

長尾秀美(元在日米海軍司令部渉外報道専門官・小説家)氏よりいいただいた「慰安婦問題―女性たちの反乱」をご紹介します。英語版はこちらです。

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令和元年(2019年)11月

長尾秀美

慰安婦問題―女性たちの反乱

 

1.概説

本稿では日本と韓半島の宗教や祭祀にまず焦点を当てる。次にそれらと女性との関わりに触れる。続いて日本と韓国との間で確執となっている慰安婦問題を簡潔に振り返る。最後に強引だと非難されるのを覚悟の上で、この問題に対する結論を出す。

世の中には2種類の人がいるので、理解と解釈の違いについて特記しておく。一般的にいうと、理解とは物事の意味・内容を納得することで、解釈とは物事の意味、内容などを説明することだ。したがって個々人の性癖や思想などが解釈に一定の方向性を与える。たとえば、「こう解釈した方が自分らしい、都合が好い」となる。その際優先されるのは事実関係ではなく、自分の社会的立場でしかない。だから2種類の人がいる。これが世の中の現実だ。

2.宗教

現在、世界には数多くの宗教がある。信徒の多さで並べると、20数億人から5億人強までのキリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教の順になる。これらの宗教は必ずしも一枚岩とは言えない。キリスト教を例に取ると、カトリック教、イングランド国教会、ギリシャ正教、プロテスタントなどに別れている。これらに加え、特定地域や特定集団が信奉する宗教も世界各地にある。

宗教は信仰の対象により、多神教、一神教、祖霊崇拝、自然崇拝・アニミズム(精霊信仰、地霊信仰)、シャーマニズム(巫師・霊媒師による交信)などに分けられる。経典や教義があるものやないものがあり、多くの場合、儀式を伴う。

現在社会では無宗教の人が数億人いて、その人数は増加しているようだ。

2.1 日本

日本では神道と仏教が2大宗教となっていて、全国各地に神社仏閣がある。

神道には教典や具体的な教えはなく、開祖もいない。神話、八百万の神、自然や自然現象などを崇拝している。

仏教は釈迦の教えを信奉するもので、韓半島を通じ、6世紀に日本に伝来した。民間にまで広まったのは12世紀以後だが、神仏習合という形で現在に至っている。

その他には古くから伝わっている儒教があるが、これは思想や行動規範として捉えられている。16世紀にはキリスト教も伝来したが、現在の信徒数は人口の1%ほどだ。

現在、冠婚葬祭は神道、仏教、キリスト教などに従って行われるが、一部では儒教にのっとって行われている。結婚式となると、神道とキリスト教との混在があり、誰も違和感を覚えていない。

呪術は古くからあり、神道や仏教とも深く関わっている。呪術者や霊媒師が降霊など超自然的行為や超心理学的現象を介して霊的存在からの言葉を伝える。

2.2 韓半島と韓国

現代の韓国では仏教とキリスト教が2大宗教となっていて、人口の55%以上が信奉している。特定地域に根差している宗教を除くと、残りのほとんどの人は無宗教だと言われている。

仏教は7世紀ごろから広まり、高麗王朝(10世紀-14世紀)では国教とされた。ところが後を襲った朝鮮王朝(14世紀末-19世紀末)は仏教を排し、儒教から派生した朱子学を唯一の学問(官学)、国家の統治理念(性理学)とした。その朱子学は現代も韓国社会に大きな影響を与えているが、宗教としての信奉者は少ない。

一方、キリスト教が広まったのは19世紀になってからだが、以後信徒が増加していった。3.1独立運動で独立宣言を読んだ33人の代表のうち、16人はキリスト教徒だった。その運動の1年半後、西大門刑務所で獄死した独立運動家の柳寛順と彼女の両親もキリスト教徒だった。

2つの宗教は相互に独立しているが、シャーマニズムの一種とされる巫(あるいは巫堂)と相互に影響し合っているといわれる。

3.祭祀

祭祀とは、生活全般についての感謝や慰霊のために神々や祖先などをまつる儀式のことで、古来、宗教や統治者と密接に結び付いている。人々が集まって供え物を用意し、お祈りをし、踊りや楽曲などを捧げる。祭祀は病気平癒の祈祷や、天候や戦い、作物などについての吉凶占いをするときにも行われる。祭祀をつかさどる人は巫、霊媒師、占い師など呼ばれる。1つの国が成立し、為政者が特定宗教を国教にすると、祭政不分となる。その結果、彼らが告げる神託などは、時に国策をも左右した。

3.1 日本の神話に登場する天照大神は、主神として登場し、女神とされている。天皇家は第1代神武天皇から始まるが、天照大神は数代前の皇祖神だったとされ、8世紀初めに編纂された『記紀』においては太陽神の性格と巫女の性格を併せ持つとされている。同じく『記紀』によると、古くから太占(ふとまに)と呼ばれた占い方法があり、雄鹿の肩甲骨を使って吉凶を占ったと言われている。後に中国から亀甲を使う方法が伝わると、朝廷の神祇官が亀甲占いをつかさどった。

古墳時代(3世紀-7世紀)においては、ヒメヒコ制度があり、政治をつかさどるヒコ(男)に対し、祭祀をつかさどるヒメ(女、巫女)の権威が強かったとされる。当時男女の古墳埋葬比は6対4とか8対2だったようだ。つまり、ヒメの地位はそれなりに高かった。時代が下るにつれ地位は低くなったが、巫女(シャーマン)は今日でも全国各地にいて、祈祷、占い、神託伺い、口寄せ(降霊)などをしている。ちなみに男性の巫は覡(げき)と呼ばれる。明治以降、神社の神職補佐を務める女性を一般的に巫女と呼ぶ。

現在でも老若男女は元旦に社寺を訪れ、願を掛けている。以前はお祈りのため女性が社寺へお百度参りをする慣習があった。

3.2 韓半島にも神話があり、太陽神の子孫だった檀君が千年以上も国を治めていた。檀君は巫(シャーマン)だったとされ、祭祀はその時代から行われていたようだ。高麗王朝末期までの巫(巫堂)は、国の巫および民間の巫として、日本の巫女と同じような役割を果たしてきた。女性の巫が多いけれど、男性の巫も少なからずいて、博士(박사)とも呼ばれていた。朝鮮王朝が成立すると、巫は儒教の影響で賤民の地位にまで落とされた。しかし一般人の巫術的欲求は強く、巫は朝鮮王朝時代を生き抜いて今日に至っている。

尚、巫に家族の病気平癒などを頼む場合、ある程度の費用が掛かるが、その依頼をするのはもっぱら女性だった。(注:1930年8月現在、韓半島には12,300人の巫がいたとの報告がある。一方、1931年12月現在、官民で医療機関は129、医師は1,791人、医学生は4,472人だったようだが、多くは都市部に集中していた。朝鮮総督府資料によると、1930年の人口は1968万人だった)

4.女性の地位

さて前書きが長くなったけれど、ここから本論に入る。

日本の今上天皇は第126代になられるが、過去には8人10代の女性天皇がおられた。第33代推古天皇(592年-628年)から第117代後桜町天皇(1762年-1770年)までで、短くても7年余り、最長は35年余りご在位された。配偶者に恵まれた方もおられた一方、生涯独身を通された方もおられた。

天皇家の系統維持に際し、公家の間で権謀術数がめぐらされたことは事実だ。武士が統治し始めてからも将軍家内部で争いがあったが、女性が政権を担当することはなかった。ただし、戦国時代に武家の女性当主や城主はいた。明治維新以来現在に至るまで、女性の首相はいない。

韓半島では檀君の神話時代から大韓民国に至るまで、いくつもの国家が勃興したが、女王が存在したという事実はないようだ。しかし韓国では近年女性が大統領になっている。

4.1 日本女性

天照大神や実在した女性天皇や養蚕が盛んだった上州(群馬県)の嬶(かかあ)天下を除くと、女性の地位は低かった。儒教の影響もあり、特に武家社会になってからは家父長制度と男子の長子相続制度が定着していた。武士の場合、主君につかえることを除き、子孫に家名と家禄を存続させることが重要課題となっていた。嫡子にしろ、庶子にしろ、男子が産まれないと、同じ地位にある親類縁者から男子を養子として迎えなければ、お家断絶となった。つまり、婿養子を取らない限り、嫡出女子に家督相続権はなかった。

町民や農民の場合、厳格な男子の長子相続制度はなく、単独相続が主流だったが、兄弟姉妹による分割相続もあった。他に嫡子がいない場合は女子が養子を迎え、家業を継いだ。

明治時代になると天皇制が復活したが、政権の中枢にいたのは元武士だった。その後国際紛争(日清・日露戦争など)が続く中、多くの軍人が政治に関わったので、男性中心の社会に変革はなかった。

したがって、近代まで「夫唱婦随」や「女は三界に家なし――幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従う」という状況が続いた。結婚が「永久就職」といわれ、専業主婦は「三食昼寝付き」といわれた時代もあった。ちなみに嫁いだ女性は周囲から奥様、奥さんと呼ばれているが、近代までは夫が妻を家内と呼ぶのがふつうだった。

旧民法には、「被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、前三条の規定によって相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする」、「被相続人の子は相続人となり」、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する」との記述があり、男女の区別はない。系譜、祭具及び墳墓の所有権については、「慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者がこれを承継する。但し、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が、これを承継する」となっていた。現行民法でも骨格は同じだ。

人が亡くなると葬儀が行われ、墓石が建てられ、故人の名前が刻まれる。本家なら既存の墓石に故人の名前を加える。分家なら新たに墓が建てられる。墓の建立者名を刻むことも多い。その後は婚姻で家を出た女子を除き、直系親族の名前が加えられる。

4.2 韓半島女性

韓半島に住んだ女性の地位も、対男性との関係では近代まで日本女性とほぼ同じだっただろう。武士と軍人が統治した日本と異なり、韓半島では文人が国の公権力を行使した。この違いが日本にはない負の影響力を韓半島女性に与えたかもしれない。

というのも、儒教から派生した朱子学は500年余りも続いた朝鮮王朝唯一の統治理念(性理学)になっていたからだ。その統治機構を担っていたのは両班(文班と武班)だったが、実質的に王朝を支配していたのは中国から取り入れた科挙の試験に受かった文班(文人)だった。知識人としての文班は男性だけの身分制社会を定着させ、文公家礼(冠婚葬祭手引書)を制度化した。その過程で本貫という始祖の発祥地に基づく氏族集団(宗族)を重視し、家父長・長子相続制度を維持した。

日本女性は婚姻後夫の姓を名乗り、実家の家系から離れる。一方、韓半島女性は嫁いでからも父親の姓を保つ。この制度は実家の先祖を守るという意味もあるが、彼女は終生夫の家系とは繋がらない存在だという解釈もできる。

他にも家父長制度の強い影響を伺わせる例がある。嫁いだ女性は実家や故郷の名前などで呼ばれることが多い。すでに英一という子供を産んでいれば、彼女は隣近所から「英一のお母さん」と呼ばれる。さらに女性が実家の姓を名乗り続けることは、必ずしも実家での行事が重視されることに繋がらない。暦の上で大切な祖先祭祀が行われる名節(太陰暦の正月と盆)でさえ、舅や姑が自発的・明示的に許可しない限り、彼女は実家へ帰省することができなかった。ちなみに結婚した女性は「内の人」とか「家の人」と呼ばれた。尚、農業が主要産業だった時代の女性は、村(邑里)での各種寄り合いに参加することもできなかった。

韓半島では小さい山を所有し、そこを墓地として故人を土葬するのが慣例だった。風水で定められた場所に棺を埋め、その上に丸く土を盛る。墓は故人ごとに建てられる。そのとき墓標(床石)が置かれるが、墓の建立者(家長や子孫)の名前が刻まれても、嫁いできた故人の配偶者の名前が加えられることは少なかった。尚、近年は土地確保が難しくなり、法改正により、火葬後に納骨堂に納骨することになっている。

土地などの財産については長男が優先的に相続した。次男以下の男性が一部を相続することはあっても、近代まで長女など女性が遺産を分割して相続することはなかった。(注:朝鮮では17世紀まで男女を問わず、すべての子供に財産が均分相続されていて、この頃の夫婦別姓を女性の高い経済的独立性を表すものとして解釈するべきだという説がある)。

5.慰安婦問題の様相

旧日本軍が戦地において利用した慰安婦(公娼)は、30数名のオランダ人を含め、日本や韓半島や中国や東南アジアの女性だった(概数は20万人ではなく1万人弱)。1990年代初頭より韓国の女性団体が、彼女たちの存在を政治問題として取り上げたことから、日本と韓国の外交問題になった。当初は労働力不足を補う挺身隊と慰安婦との混同があり、彼女たちが強制連行されたという誤解もあった。その後同団体や一部の日本知識人の強い働き掛けがあり、慰安婦問題は国連の人権理事会などで何度も取り上げられた。その過程で慰安婦は人身売買や拉致された性奴隷となり、日本政府は人権侵害の観点から批判され続けている。

これに対し、日本政府は1990年代半ばから何度か関係各国に謝罪をし、基金を設立し、元慰安婦(公娼)だったとされる女性に補償をし、彼女たちに関わる社会福祉施設充実や整備を支援してきた。

韓国だけはそうした措置を受け入れたり、拒否したりを繰り返している。2015年、日韓両政府は慰安婦問題が最終的・不可逆的に解決したという合意に達した。ところが2017年に就任した文在寅大統領は、同合意が問題を解決していないと主張した。同政権下では徴用工(戦時労働者)の補償問題も蒸し返している。現状では韓国側に慰安婦問題と徴用工問題とを解決する意図はないようだ。

公娼にしろ、私娼にしろ、売春は歴史上世界各国に見られる。現在も法的規制のあるなしに拘わらず、売春は多くの国で散見される。それはそれとして、韓国の女性団体や韓国政府は公娼や性奴隷を明確に定義せず、慰安婦と性奴隷とを同列に置いている。したがって、慰安婦あるいは彼女たちの両親が仲介者と契約書を交わし、契約金(前借金)を受け取り、身分証明書を発行され、戦地にある領事館警務部に稼業届けを出し、稼ぎ高に応じた収入を得て貯金をし、実家に送金したことを不問にしている。また、公娼制度により売春を管理したという実態も考慮していない。

今日の世界において売春は疑いもなく人権侵害になる。なぜなら、売春は人身売買と関連する性の搾取になるからだ。しかも男性による性欲を満たすためのみの行為は女性の人格を無視するからだ。しかしながら、日本政府が歴史的背景や事実の妥当性を主張しても、根拠のない主張に基づく非難のみが繰り返されている。

6.結論

6.1 慰安婦問題は、国連の場で何度議論され、日本政府に対する勧告が何度出されようと、国際問題にはなり得ない。なぜなら、この問題は日韓の確執のみに起因するからだ。慰安婦像や慰安婦碑を世界中の都市に設置することは、めくらましともいえる宣伝活動の一環でしかなく、国連には馴染まない。

6.2 慰安婦問題は元慰安婦(公娼)だったとされるすべての女性が他界したとしても、日韓で解決されることはない。なぜなら日韓に新たな懸案が生じる都度、韓国は日本の古傷をつつきたがるからだ。さらにこの問題は日韓併合条約が国際法上有効だったのか無効だったのかという議論にも繋がるからだ。

6.3 では対処法はないのか。否。現状では無理だが、広角レンズを使って全体像を見直すと、慰安婦問題を韓国女性による日韓の男性に対する反乱だと解釈することができる。もちろん韓国女性は公の場所で韓国男性を非難しない。国民として節度をわきまえているからだ。朝鮮戦争中やベトナム戦争中の彼らの行為に対しては、政府を非難するだけだ。結果として日本男性のみに白羽の矢が立てられる。その男性を象徴するのが日本という国だ。フランス語では定冠詞が付かない少数の国を除くと、女性名詞となる国と男性名詞となる国がある。日本は「le Japon」と表記される男性名詞なので、非難の対象として問題はない。

6.4  ではなぜ韓国女性は日本に対して反乱を起こすのか。彼女たちは、王朝時代、大韓帝国時代、日本統治下時代、解放後の軍事政権時代を通じ、自分たちに与えられた役割を勤勉に着実に果たしてきた。しかし彼女たちの働きは正当に評価されてこなかった。文班は朱子学(性理学)を国家統治理念とし、衛正斥邪思想に固執し、中国を除く国外からの文化などを拒絶してきた。かたくなに家父長制度、長子相続制度を維持しつつ、女性の立場に留意しなかった。文化が支配階級と被支配階級とで異なるのはいつの世も同じだろうが、文班が知識を独占したのは事実だった。

ちなみに平安時代の日本では、紫式部(源氏物語)や清少納言(枕草子)や和泉式部(和泉式部日記)が恋愛について筆を進めつつも、支配階級の男性による権力争にはっきりとあるいはそれとなく触れている。事情が似ていた韓半島女性にも同じ想いを小説、随筆、日記に書き残したいという夢があったはずだが、そんなことは彼女たちに許されていなかった。ただし16世紀には画家の申師任堂や詩人の許蘭雪軒が活躍している。

人の口に戸は立てられないというが、目の前の権力闘争や面子に拘る男性と異なり、各階級の女性たちは物事の推移を見守り続けていた。王朝や政府の繁栄や破綻をまざまざと見ていた女性は、しばしば巫(巫堂)を訪れて宗族を含む一家の繁栄を祈願した。夫(家長)は、知ってなのか、知らないでなのか、彼女たちの宗教心に口出しをしなかった。巫に縋ることだけが、彼女たちに許された精神的自由を象徴するものとなり、男性優越主義に対し女性の欲求不満や恨みを晴らす浄化装置にもなった。

なぜ彼女たちは男性や社会に対しそこまで耐え忍んでいたのか。たしかに檀君の母は、真っ暗な洞窟の中で21日間も一握りのヨモギとニンニク20個だけを食べるという試練を経て、熊から女の身に変わった。だから彼女が女性の忍従を象徴しているというのは無責任だ。それが韓半島固有の文化だったとするのも無責任な捉え方だ。

大きな理由が二つある。一つは朱子学が彼女たちに救いの手を差し伸べなかったからだ。もう一つは仏教の聖典もキリスト教の聖書も、女性たちの身近にはなかったからだ。現実問題として、彼女たちには巫に頼るしか選択肢はなかった。

6.5 時代は移り変わった。1960年代後半から、韓国は漢江の奇跡という経済発展への一歩を踏み出した。ここでは日韓請求権協定に基づく無償資金協力などには触れない。いずれにしても70年代後半になると、都市部の発展はもちろん農村でも機械化が進み始め、国の近代化を享受し始めた女性の生活は少しずつ楽になっていった。その過程で彼女たちの考え方や行動にも余裕が出てきた。さらに母親は娘を含む子供の高等教育に目を向けられるようになった。折しも軍事政権が続いていたが、盧泰愚大統領候補は1987年6月29日、8つの選挙公約を掲げ、青瓦台に入ると民主化を実行し始めた。こうして女性たちは慣習という軛(くびき)から徐々に解放され、歴史上初めて女性としての権利に目覚め、大手を振って社会的関与を強めるようになった。

6.6 自分たちの過去を振り返った韓国女性は、いくつかの女性団体を設立し、民主化運動を推進し始めた。その過程である研究者が関心を持ったのが慰安婦問題(当時は挺身隊問題)だった。それが1990年代になって世間に注目され、日韓の政治的確執の主要課題となり、現在まで続いている。

当然のことだが、彼女たちの視点の先には、自分たちを道具として扱い、性欲のみの対象とする男性がいる。表面上、日本(男性)だけを敵視しているが、心裡には韓半島の歴史を牛耳った朱子学があり、それに心酔し家父長制度に胡坐をかいた男性がいる。つまり、慰安婦問題追及は韓国女性にとって男性に対する反乱なのだ。したがって韓半島男性が女性の地位を根底から見直して猛省しない限り、同問題は終息しない。この政治劇場において、日本は彼女たちの脇役にしか過ぎない。残念なことは、日本男性(日本)が各場面で切られ役を演じざるを得ないことだ。

日本はいうまでもなく、韓国にも男性の知識人や政治家や活動家がいて、慰安婦問題で日本の責任を追及している。韓国女性はその事実をすでに織り込み済みとし、男性の贖罪行為の一部だとみなしている。

日本女性は男性に対しどういう立場を取っているのだろうか。彼女たちは同胞に対する希望を諦めてしまい、とにもかくにも自分たちのために前へ進もうとしているのかもしれない。

6.7 この問題を解決するとすれば、男性は単に猛省するだけでなく、自己変革能力を発揮しなければならない。ではどこに視点を置くべきか。男女同権とは、「男女両性の法律上の権利や社会的待遇などが同等であり、差別されないこと」と説明されている。これはすべてのことにおいて男性と女性の役割が平等だと解釈するべきではない。たとえば夫婦間では男性が女性の妊娠と出産と授乳とを肩代わりすることはできない。しかし男性はその負担を理解することなく、性差による役割をはき違え、男性は仕事、女性は家庭としてきた。だからこそ韓国では女性発展基本法(1995 年 12 月制定・2007 年 10 月改正)が、日本では男女共同参画社会基本法(1999年制定、改正同年7月、12月)などができた。

それらの法律は、男性と女性が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、共に責任を担うべきとする。

男性の自己変革とはその意図を理解し、実践することだ。そうしない限り、女性たちは矛(ほこ)を収めてくれないだろう。換言すると、男性はこの世に生を受けたときから女性と同じ出発点にいるのだと常に認識しなければならない。

70年ほど前の著書『第二の性』で、ボーボワール女史は、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」、「女性史さえも男性に作られたものだ」と指摘した。男性はこの解釈の過ちを素直に理解しなければならない。

 

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<参考文献>

青野正明 『朝鮮農村の民族宗教』2001年、社会評論社

趙 興胤 Cho Fung Yum (著), 小川 晴久 (監修), 李 恵玉 (編集, 翻訳) 『韓国の巫(シャーマニズム)』2002年、彩流社

韓国宗教民俗研究会編、星合亘子・姜信和ほか訳 『韓国の宗教と祖先祭祀』2008年、岩田書院

『姫神の本』聖なるヒメと巫女の霊力 2007年、株式会社学習研究所

趙戴国(チョジェグク)『韓国の民衆宗教とキリスト教』1998年、新教出版社

The Korea Times: Children Can Adopt Mothers Surname. Posted : 2007-06-03 18:07, Updated : 2007-06-03 18:07

ウィキペディア 『巫(Wu (shaman))』

ウィキペディア 『韓国の姓氏と名前Korean name』

ウィキペディア 『武家の女性当主』

Classification of Religions written by Charles Joseph Adams on https://www.britannica.com/topic/classification-of-religions

古墳の被埋葬者の男女数。ベストアンサー 回答者: dayone 回答日時:2015/01/22 17:54

宋連玉 【特論】『朝鮮女性はどのように生きてきたか?』掲載:2014.06.28、更新:2018-12-11